〜砂漠の絨毯屋〜





 ジャイプルでの見所といえば城とか王宮とか天文台とかだが、別に今回オレはそういうものを見に来たわけではない。だいたいのものは前回見て、
全く印象に残ってないし。外国で観光したものなんて普通は何年も覚えていると思うのだが、所詮印象が薄いということは、立食パーティーに参加中のオレくらいの、なくなっても誰も困らない無に近い存在感のものだったのだろう。過去数回だけ何かのイベントで立食パーティなるものに参加したことがあるが、話す人がいないということを誤魔化すために、「ごめん、オレみんなと話したいけど、食べ物の誘惑には負けちゃうんだ。面白くてダメな奴でしょう」というように大食漢を装ってひたすら料理コーナー付近を歩き回っていたのだ。誰とも目を合わせないように(号泣)。

 ……ええい、
うるさいっっ!!

 とにかく、印象に残っていないのだ。かといって、城や王宮を見ないのなら現地の人々とのふれ合いを楽しみに来たのかといったら、まあこの町に住む人たちとは
一切関わりたくない。ジャイプルはデリー、アーグラと並んでインドの「ゴールデントライアングル」と呼ばれているが、これはそれらの都市で旅行者に近寄ってくるインド人の頭の中がゴールデン一色という意味なのだ。もし人を信じられない少女が環境を変えて心を癒そうと北インドに移り住んだら、そのまま人を信じられないおばさんに成長するだろう。ここに癒し効果は無い。
 うーん……、インドに対して
なんていう失礼な奴なんだオレは(ふと客観的に見てみれば)。なんだかんだ言って今はインドのメシを食わせてもらっているのに、文句ばかりとは。。



「おい日本人! ウォーターパレスに行かないか? 往復20ルピーで行ってやるぞ!」


「あっ、サイクルリキシャのおじいさん。今、文句ばかりではいけないと反省したところでしたので丁度よかったです。でも20ルピーってかなり激安価格じゃないですか? 結構遠いでしょう?」


「なぜ激安か教えてやろう。オレは、
ジャパニーズが好きだからさ


「ええっ!! ぼくたち日本人を好きでいてくれるのですか!! 嬉しい!」


「まあとにかく乗れよ。ウォーターパレスにはまだ行ってないんだろう?」


「そう。たしかに前回時間が無くて行けなかったんです。なんで知ってるのおじいさん? もしかして僕の旅行記を読んでくれました??」


「そうそう。読んだ。だから乗れよ」


「はーい」



 いやーすごい。なんと、
超ラッキーな偶然で日本人好きのリキシャのおじいさんに出会ってしまい、20ルピーという激安価格で郊外のウォーターパレスまで行ってもらうことになっちゃった。しかも、片道でなく往復である。普通この値段は閉店セールでの在庫処分でないと出せない数字だ。もしかしたら今回もおじいさんの在庫が余っているのだろうか。ともかくせっかくなのでありがたくお願いすると、ちゃんとじいさんはサイクルを漕いでウォーターパレスまで連れて行ってくれた。ありがとう……。あなたはいいおじいさんです。
 オレが観光している間じいさんは待っていてくれるということだったので一人で湖の近くまで行ってみると、和訳して
「水の宮殿」というその名が示すとおり、藻の浮かんだきたなーい湖の真ん中から古ぼけた建築物が飛び出ていた。
 うーむ。いささか名前とのギャップが感じられるな……。おおよそ、
「美人女将のいる宿」という番組のタイトルと実際に出てくる女将くらいの違いがある。なるほど。まあしかしせっかくおじいさんが連れて来てくれたんだし、すぐに帰ったら悪いなあ。とりあえずもうしばらく湖の中央を見つめておくか。見つめると見せかけてフジテレビの中野美奈子アナとアキバデートしている妄想でもしてよっと。実際ナカミーの元彼はオタクで、もっぱら大学時代のデートは秋葉原ばかりだったそうだからな……。でも普通ミス慶応がオタクと付き合うか? なんか不自然さを感じるんだよなそのエピソード。



「おーい、ジャパニーズ」


「えっ? なんですか?」


「もう帰るぞ。見る物なんてナッシングなんだから」


「あっそっ!!! たしかに僕もそう思ってたんですよ!! こりゃ好都合(涙)!!」



 よくわからんが、張り切って連れて来てくれた割には湖に着いて10分も経たないうちに、じいさんはもう帰ろうとボヤきだした。まあたしかにここにはあの宮殿以外見る物は無い。そして宮殿も、
せいぜいインドを旅行した他の人のブログで写真を見れば十分なレベルである。わざわざ現場まで来て生で見るほどのものではないな……。ジャイプルだからまだ観光場所になっているが、これがエジプトのルクソールにでもあったら即取り壊されて、跡地に他の遺跡を保護するための活動小屋とかが作られそうだ。
 でもそんなに観光客を急かすか普通? これを見るために我々ははるばるやって来たというのに。
 仕方なくサイクルの後ろに乗車ししばらく走ると、じいさんは漕ぎながら後ろを向いて話しかけてきた。こうやってリキシャの運転手が走行中に話しかけてくるのは、そういえば以前もジャイプルでは
おなじみのスタイルだったな。でろくなことにならないんだよ毎回。
 
まさか……



「じゃあ観光も終わったことだし、
ついでと言ってはなんだが、


ついではいらないから。寄り道はよくありません。あなたの好きなジャパニーズは、寄り道が嫌いな民族なのです」


「ここはひとつおまえの知識の向上のために、カーペット工場を見学に行かないか? 何も買わなくていい。ただ見るだけだ」


「人の割り込みを無視して強引に話を進めるなっっ!!! 今オレがうまく機先を制しただろうがっ!!! 少しは『あちゃー、ばれたか』みたいな顔をしろっ!!!」


ノープロブレム。なぜなら、何も買う必要は無いからだ。ただ見るだけ。おまえの知識のため。ジャストフォーユアナレッジだ!!」


「いりません。なぜならば3年前にカーペット工場の見学をしたけど何一つ覚えてないから。だからまた見たって忘れるに決まってるから。つまりどうせ忘れる知識なら最初から覚えるのなんて無駄なのだ


「ノー。ユーアーノットコレクト。おまえは間違っている」


「とにかくイヤだって言ってるんだよっ!! あんたの好きなジャパニーズが嫌がってることを、どうして押し付けるんだっ!!!」


「好きなればこそだ!! 好きなジャパニーズには、カーペット工場の見学をしてもっともっと知識のある素敵な人々になって欲しいんだ!!」


「なるほどー。愛にはいろんな形があるんだね。
ってばかやろーっ!!!」


「と言っている間に着いたぞ、ここだ!」


「えっ、どこどこ?」







 
完全に見覚えがあるぞっ!!! あの時と全く同じ絨毯工場じゃねーかっっ!!! この付近をラクダに乗って1周したことをよく覚えているぞオレはっ!!!


 そしてリキシャの到着とほぼ同時に、どうやって察知したのか工場の中から関係者の方が、日米首脳会談のような
作り笑顔のとってもいい表情で迎えに出てきてくれた。



「ハロー、ウェルカム。おっ、どうしたんだそんなバット持っちゃって? おまえはプロフェッショナルクリケットプレーヤーか? まあまあ入れよ」


「……」



 以前お話した工場長は本日は留守のようで(もしくはお亡くなりになったか)、迎えてくれたのは若い衆であった。くそ〜、おおむね不本意だが(ちょっとだけ本意)、まあここまで必死で漕いで来たじいさんに免じて入場するとするか……いざとなったら護身用のバットもあるしな。
 しかしウォーターパレスもそうだが、こうやってリキシャに騙されて土産物屋に連れて行かれて嫌な思いをするとかいう経験も、
インドを旅行した人のブログを読むだけで十分なんだよっ!! オレだって、日本で人の旅行記を見て「かわいそうだなこいつー、わっはっは」と笑っているだけの立場がいいんだよっ!! こんなもん自分で経験するもんじゃねえぞっっ!!! ふざけんなよコラっ!!

 ひと通り、青年はカーペット作りの過程をサラっと説明してくれた。あくまでサラッと。なにしろ、「工場見学で知識を深める」とは言っておきながら結局は小売が目的なので、この部分の重要度は誰にとっても限りなく低いのである。ウルトラ兄弟でいったら、
レオの弟のアストラくらい重要度が低いのである。ていうかこの工場見学の部分もう最初からいらないんだけど……。
 全く盛り上がらずに説明は終わり、そして土産物屋のルールブック通り2階の部屋に移動したところでカーペットの
個人展示即売会が始まった。……なんでこうなるんだよっ! 見るだけだって言ったじゃないか!! ←今さら何を……

 絨毯やタオルやなにやらやいろいろ並んでいる部屋で長椅子に座らされ、隣に工場青年が来る。そしてパチン! と指を鳴らすと(実際は鳴らしていないとしてもそういうイメージ)奥から下男坊が出て来て、ミニカーペットをいくつも目の前に取り揃えるのである。



「オーケーオーケー。いいか、じゃあまず1枚目のこのカーペットな、これは表から見るのと裏から見るのと全然違う刺繍になっているんだ」


「あの、すみません、せっかくですがそういう説明をしていただいても興味ないんですけど……」


「わかった。男ってのはだいたいそういうもんだ。じゃあ、
買う買わないは別にして、この中で『なんとなく気になる』とか『これはインタレスティングだなあ』と思うものがあったらちょっと選んでみろよ


「だ〜か〜ら〜、ただの工場見学だって言うから来てみただけで、別に土産を買いに来たんじゃないんだって!」


「ヘイヘイ! 誰が買えなんて言ったんだよ!? 誰が? Who?? ただインタレスティングなものを聞いているだけじゃないか!」


「あっ、そうでした! 別に買えって言われてるわけじゃないんだ。
早とちりしちゃった!!


「早とちりはよくないぞ。じゃあこの中ではどれがインタレスティングだ?」


「これがインタレスティングだ」


「オー! おまえは目の付け所がいいなあ。これはなあ、機械では絶対に作れない模様で、まあ説明すると長くなるけど、700ルピーの品なんだ。でもおまえは特別に、アイライクジャパニーズ。……500ルピーで提供してやるよ」


「誰もが期待していた展開ありがとうございます。でも別にインタレスティングだけど欲しいってわけではないので、買いません」


「オーリアリー? わかった。じゃあ次のやつ持ってきてくれ! パチン!」



 するとオレの前からミニカーペットが撤収され、今度はペラペラカーペットが並べられた。



「これはな、ペラペラカーペットじゃなくてマルチパーパスつまり多目的のシーツだ」


「なるほど、
帯に短したすきに長しですね」


「そうだ。このシーツだが、1枚ずつ今からオレがめくっていく。だから、『このシーツなら色違いも見てみたいな』と思うのがあったらそこでストップと言え」


「はーい」


「いくぞ、はいまずこれ。……じゃあ次はこれ。……3枚目はこれ。……その次はこれ。……これはどうだ? ……これは? ……はい次。 ……これは? ……はいこれで最後な。 …………。
言えよストップって!!!」


「思わないんだもん見たいって」


「じゃあ、色違いはいいけど、とりあえず気になる1枚をピックアップしてみろよ」


「あのなー。もうほんとに興味ないんだからオレに売ろうとしても無駄だってーの!! オレは何も買わん!!」


「ヘイヘイ! 誰も買えなんて言ってないだろう!? 誰が言ったそんなこと?? Who? ただ気になる1枚を選べって言ってるだけだろう」


「そうだった! 誰にも買えなんて言われてないんだった。
早合点しちゃった!!」


「オッチョコチョイな奴だなあおまえは。オーケー。ピックアップ!」


「これをピックアップ!」


「おまえって奴は、全くいい仕事を選ぶ奴だぜ……。これはな、ラジャスターン州でしか取れない植物を使った染料で長い期間をかけてな、まあ説明すると長くなるけど、500ルピーの物なんだ。それを、いい目を持っているおまえのために! ユーアーグッドマン。……
470ルピーにしてやるよ


「値引き少なっっ!!! もっと引けよっ!!! なんでいきなりそんなに下げ幅が小さくなってるんだよっ!!! とはいえエニウェイ、オレはマルチパーパスにもパンパースにも興味が無いんだっ!! 何も買わん!!」


「ノーノー。これは自分のためではなくて、日本のガールフレンドへのお土産にすればいいんだ」


「うっせーんだよてめえっっ!!! オレのガールフレンドもカーペットには興味が無いんだよっ!! 彼女が興味を示すのはオレのボディだけだっ!!」


「ユーリアリーハブガールフレンド?」


「ノットリアリー。
じゃかましいわボケっ!!! 旅をするためにわざと彼女を作らなかったんだよっ!! オレだって精力的に飲み会に参加すればガールフレンドなんてすぐできるわっっ!! ただ飲み会に呼ばれないだけだっ!!!」


「たのむよ〜、オレのサラリーはベリーローつまり薄給なんだ。おまえが買ってくれなかったら、オレも困るしおまえも困るぞ」


「なんでオレが困るんだよ。……あっ」



 その時オレは、工場青年の方ばかり見ていたために、いつの間にか反対側に来ていた別の従業員に気付くのが遅れてしまった。そして、油断して椅子に置いておいた護身用クリケットバットを、そいつに奪われてしまったのである!!



「おー、おまえいいバット持ってるなあ。これはオレがもらっておくからな」



 
うげっっ!! なにをする!!!

 左右から悪徳商人に囲まれ、遂に強力な武器であるクリケットバットまで奪われてしまった作者。果たして彼は無事この危機から抜け出すことが出来るのだろうか? これで旅行記は最終回を迎えてしまうのだろうか? この続きは、手に汗握り風雲急を告げる次回を待て! 来年更新予定!!








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