〜楽しい密林3〜





 オレは泣きながら小屋へ戻った。次世代の狂暴なジャングル蟻に手の平を
チョッキン切られ、ダリオ・アルジェントファンだと思われるオカルト志向で頭のおかしいナメクジに生き血を吸われながら、しかしかろうじて武器の棍棒は確保して。
 ブンブンヨン、すなわちこの小屋には鍵も壁も電気もないが、一応トイレと水道は付いている。天井に大きなタライみたいなのが置いてあるので、おそらく雨水を溜めてろ過しているのだろう。ともかくトイレが水洗なのはありがたい。もし仮に夜中お得意の腹痛にでもなり、外のジャングルで尻を出してしゃがみ込もうものなら、きっとよく熟れたメロンのような高級品のオレの尻にはハサミ蟻と
狂いナメクジ(蛭)が大量にかぶりつくに違いない。排泄中で身動きが取れないオレの尻はハサミ蟻の強力ばさみでザックザクに切られ、大勢の蛭が密集して血を吸い、その蛭の集団がかぶり付いている茶色い尻は、ハタから見たらもらしちゃった人に見えることだろう。
 まあ、それはそれでにじり寄って来たアナコンダが「うわっ、せっかくのご馳走だと思ったのに尻にめちゃめちゃ汚物がついてるじゃんこいつっ!! 汚いなあっ!!! こんな奴、食えるかよっっ!!!!」と引き返して行くかもしれないので、
尻を犠牲にして命を守れるという点ではむしろ良いことかもしれないが。
 まあとにかく水洗トイレがあって良かった。きっとあの残虐蟻と狂い蛭にかかったら、
人類最強といわれる越中詩郎の尻ですら、無残にひき千切られ血ぬられたでん部になることだろう。

 とりあえず今夜使うベッドを決め、枕元に果物ナイフと棍棒と小屋の隅にあったホウキを集めて一応戦闘態勢を整える。もちろん、日本一勇敢だが世界一貧弱なオレがキャーキャー言いながらホウキを振り回したところで、撃退できるのはせいぜい
チワワ程度だと思うが……。
 続いて、少し部屋の中を散策しようと思い真っ暗なベッドの隙間を歩いてみたところ、グワーッと蜘蛛の巣が顔面に絡みつき、オレは大暴れし隣の2段ベットに全力でヒジをぶつけた(号泣)。
 もう動き回るのはやめることにし、ただ暗闇の中でベッドの板張りに腰掛けていると(懐中電灯は電池の節約のためいざという時にしか点けないのさ)、今まで気にしていなかったジャングルの音、虫や鳥のライブ音が360度から50デシベル以上の大サラウンドで迫って来る。
 くそ……、
うるせえんだよっっっっっ!!!!! 騒音規制法の規制基準を上回ってるぞおのれらっっ!!! 地方自治体の人はいませんか〜〜〜っっ!! 条例に基づいて指導、いや、排除して下さいっっ!!!! 迷惑ですあいつらっっ!!!!!
 だいたい、ジャングルがこんなに暗いのもマレーシアの怠慢による木の増えすぎ、そして木々の葉の繁り過ぎによるものじゃないか。あんたらなぁ、もし本当に先進国の仲間入りをしたいんならなぁ、
こういう日照権や騒音などの暮らしの権利の改善に向けて努力しろよっっ!!! 暗いしうるさいだろっっ!! 聞いてない! 受付の時にブンブンがこんなに日当りが悪いとは聞いてないぞっっ!!! オレが訴訟を起こしたら、100万や200万の賠償金じゃあ済まねえからなっっ!!!! この悪徳不動産業者がっっ!!!!

 これが、夕暮れにたった一人密林の中の小屋で聞くジャングルの音だ。なるべく音量最大でどうぞ。
こちら



 ということで、めっきり夜になった。

 あの……。

 
なんだか発狂しそうです。
 真っ暗闇の部屋の中、怪虫と怪鳥の声に囲まれ壁から、そして鍵のないドアからの侵入者に怯え温度と湿度と恐怖心で頭から温冷の汗が流れ落ちるのが、視覚がふさがれている分とてもハッキリクッキリ鮮明にわかる。
 ……落ち着け。落ち着くんだ。理性だ! こんなもので自分を保てなくなるオレではないはずだ。IQ600の超エリート先進国民としての最高の理性を、いざここで見せてやるんだっ!! へっ、なめんじゃねーよ。
こんなことで自分を見失ってたまるかよ!!!


 プ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ンププププププ〜〜〜〜〜ンプ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ン……




 …………。




 蚊だ……。
 オレの周りにすんげえ数の蚊が押し寄せている……。










 
うごが〜〜〜〜〜〜〜〜っっ!!!!! ぬちょ〜〜〜〜〜〜〜っっ!!!!! ←理性を失った人

 ガハッ ガハハハハハっっ(笑)!! なんか楽しくなってきたぜ!!! ほ〜ら、股間を露出しちゃうよ〜〜! 今はヌーブラよりチンブラの時代だぜ!

 
ヤッホー♪ ヤッホー♪ チンブラヤッホーー(いちもつをブラブラさせながら)♪♪










 え〜いっ!! 
バシーン(自分で自分にビンタ)!!


 スーハースーハー(深呼吸)。つれづれなるままにひぐらしすずりにむかいて、こころにうつりゆくよしなしことをそこはかとなくかきつくればあやしうこそものぐるおしけれ……(徒然草に頼り冷静さを取り戻す私)
 …………。
 よし……、ひとつずつ処理していこう。こういう時は
パニックになるのが1番良くないんだ。少なくとも、全裸でチンブラヤッホー♪と歌い続けても何も解決しないことだけは確かだ。所詮いちもつブラブラの勢いで追い払える蚊の数など、微々たるものだ。
 オレは懐中電灯を点けると、バックパックから蚊取り線香を取り出しそこかしこに仕掛けた。特にオープンになっている壁際には重点的に設置し、さらに設置した蚊取り線香は必ず外側と内側の両側から火をつけ2倍の攻撃力を持たせる。壁は無いが、しかし煙の壁が出来上がった。オレの生き血を狙い進入を図っても、もはやここを通過して落ちない蚊はいないであろう。線香の焚きすぎで森に引火するかもしれないが、
たとえジャングルが全焼しようとも蚊に刺されるよりはマシである。蚊ごときに渡すくらいなら、小屋もろともオレの肉体を燃え上がらせ最後の1滴の血まで蒸発させてやろうではないか。こ、こいつ……、なんてすさまじい覚悟なんや……。
 念の為ドアの前や煙の壁の3歩手前、ベッドの下にも蚊取り線香を設置し、そしてベッドの上には電池式の「どこでもベープ」を配備しスイッチオン。ふっふっふ……。たとえマレーシアの、いや世界の全ジャングルから100億匹の蚊が集まって来ようとも、この防衛戦を突破しオレの体までたどり着ける奴は1匹たりともおるまい。オレのことを
「籠城戦の天才」最初に呼んだのは誰なのか定かではないが、もしオレが北条家に仕えていたら秀吉から小田原城を守り切っただろうし、もしホームアローンに出演していたら、カルキンくんも舌を巻く圧倒的な手際の良さで泥棒を追い払ったに違いない。オレならば優しいカルキンくんと違い滑る床や空き缶攻撃などは用いず、最初から硫酸や包丁を使った一撃必殺の笑えない仕掛けを作るだろう。

 次は、明かりの確保だ。今や完全な夜になり、視界の中で光を発するのはただ蚊取り先端(かとりせんたん)のオレンジ色のみ。もちろん夜といっても
新婚さんいらっしゃいで桂三枝が言う「で、夜の方は?」という意味の夜ではなく、ただ寂しいだけの夜だ。そっち側の意味だ。そうなるともはや、アニメ「キャンディ・キャンディ」のモデルにもなったオレのこの大きく潤む瞳をぱちくりと全開にしても、どこもかしこも黒・黒・黒。暗黒の世界。まさにオレこそが本物のメン・イン・ブラックである。
 しか〜〜しっ!!!!
 たとえ懐中電灯は使えなくとも、オレという正義旅人には「友情パワー」という明かりがあるのだ。旅先で進んで現地の人達と交わり、なによりも人との交流を旅の第一の目的として来たオレ(職業:自由人)だからこそ、こんな時にも友情の力に助けられるのである。
 そう、オレがまだタナカだったころ……。バングラデシュの田舎でオレのことを「タナカ! タナカ!」と慕ってくれたハッサン。ローソク工場の息子である彼は、お宅訪問の帰り際、オレにひと箱のローソクを手土産として持たせてくれたのだ!! 
まさに今、ハッサンとタナカの(誰やねん)友情の炎がこのマレーシアのジャングルで再び燃え上がるのである!!

 ということで当時チーズかまぼこと間違えて食べようとしたカラーローソクを取り出し、指先から友情パワーを送り込んで火をつけた。
 おお……。



















 
怖い……(涙)。

 微妙に明るくはなってるけど、
お化け屋敷に最適だと思われる絶妙な光量で、むしろ恐怖は倍増したような……。
 まだ、
足りないんだ友情の炎が!! こうなったら、ありったけのローソクを燃やしてやる!! オレ(タナカ)とハッサンの友情の力を、思い知れやこのネクラ密林野郎っっ!!!!

 オレは怨念を込めて10本のカラーローソク全てに火をつけると、コンクリートの床に順番に置き、円形に並べて自分のベッドを取り囲んだ。よ〜し。どうだ見やがれっ、これでかなり明るくなったぞ……。



 …………。





 
悪魔召還の儀式かっっ(涙)!!!!



 とりあえず全部のローソクに着火して丸く並べてみたところ、
黒魔術の呪文を唱えれば本格的に悪霊でも呼び起こせそうな祭壇ふうの空間になってきたため、そのままオレは怖さに泣きながらまた1本ずつ火を消していった(号泣)。しかしこれが百物語の場合は最後の1本を消した時に本当の災いが起こるため、3本だけは消さずに残す。暗闇に、木組のベッドの輪郭だけがぼーっと浮かび上がっている。おおっ(涙)、怖い……(号泣)。

 しか〜〜しっ!!!!

 オレが持っているのはローソクだけではないんだ。
未来の世界から来た、28世紀型旅行者のオレをなめンナっっ!!! ンジャメナ(チャドの首都)っっ!!!!

 次にオレが取り出したのはバッテリー満タンのノートパソコン、モバイルに最適、最長8時間駆動の
できるビジネスマンの必須アイテムPanasonicレッツノートである。
 す、素晴らしい……。こんなジャングルの中で、電源もなくともパーソナルコンピュータが稼働するとは……。
 密林の小屋で開かれたモニターの光の強さは、ローソクの小さな揺らめきを軽く凌ぐものであった。
やっぱり、いざというときに役に立つのは友情よりパソコンの力だぜっっっ!!!!! ……こんなこと言うの、悲しい。でもそうなんだもん(涙)。








 いやー、まだ、
全然怖いけどね……。
(↓周りジャングル、半径数kmにわたって人おらず)


 ともあれ、電気はともかくしばらくパソコンの中に保存してある
あんなページやこんな画像を閲覧し現実逃避してみたところ、多少気分が落ち着いて来た。よしよし、これでもうチンブラヤッホー!などと取り乱すこともあるまい。もう大丈夫だ。
 落ち着いたのをいいことに、オレは少しベランダに出て外を見てみることにした。蚊取り線香の煙の壁を突き破り、果敢に懐中電灯で辺りを照らそう。見えますかこの光が〜? 
ここに人間がいますよ〜〜。さあ、獣でも強盗でもどんどん襲いに来て下さ〜い♪
 というわけには断じていかないので、外には決して光を向けず、何かかわいげな小動物でもメルヘンに歩いていないかなあと地面だけを適当に照らしてみた。
 おっ。何か小動物がいるぞ。きっとこれはなんだかとってもメルヘンな感じの……なんだいこれは??



















「コンニチワー」







 まあかわいらしい!

 
カニね? あなたはカニねっっっ!!!!!



 カニにしてはあんまり丸みが無いように見えるのは、森のなかでメルヘンに独自の進化を遂げたからですよね。わかります。
 でもなんだか物を切るために両腕が存在するみたいで、ちょっとかわいそう。さっきのアリと比べても立派な、
人間の動脈くらいは簡単にチョッキン出来そうな鋭利な刃物なんですもの。自分の子供と手をつなごうとしても、気付いたら手首から先をズンバリと切断していそうね。
 そしてその堅くテカテカした冷たい皮膚。血も涙もなさそうな残酷な目。
大きなハサミで敵の気を逸らしておいて、尻尾の毒針で致命傷を負わせるんでしょう? まったく、メルヘンを絵に描いたようなかわいさね☆



 …………。




 ガハッ ガハハハハハっっ(笑)!! なんか楽しくなってきたぜ!!! ほ〜ら、また股間を露出しちゃうよ〜〜!

 ヤッホー♪ ヤッホー♪ チンブラヤッホーー♪♪(号泣しながら)





今日のおすすめ本は、

ももこの話 (集英社文庫)




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