〜リビングストン2〜





「トレビア〜ンマドモアゼ〜ル」


「キャ〜ッハッハ!」


「ジュッデームアンドゥトァモンブラ〜ン!」


「ウフフフッ!」


「えーっと・・・。シェ〜!!」


「アッハッハハハ!!」



 このようにおフランス帰りのイヤミの真似が会話に出てきていることからもわかると思うが、オレは国境からフランス人の旅行者と一緒にジープに乗せられリビングストンに向かっていた。男女2人ずつ、計4人で構成されているフランス人のグループに混ざるハメになった一人の日本人成人男子のみにくいアヒルの子状態の居心地の悪さは想像に難くないと思うが、意外にも男女で旅行に来ている割には彼らはとても親切で、オレもすんなりと会話に加わることができた。
 よかったよかった。仲間に入れずに、「いいのさ、オレは成長したらキレイな白鳥になるんだ!」と耐えていても
成長したら本当にただのみにくいアヒルだったということが判明するだけの結果に終わりそうだったため、こうしてヒナの段階で少しでもみんなと仲間になれてうれしい。
 しかし彼らフランス人の男2人女2人という組み合わせがよくわからない。もしかしたら、男のうちの1人がどちらかの女に告白したら、
「グループ交際からはじめましょう」今はやりの返答をされたのかもしれない。それにしても、デートの場所がディズニーランドでも浜名湖ゆうえんちパルパルでも無くザンビアだというのがまた不可解である。

 風を浴びながら疾走する、今までのアフリカ史上最高の乗り物であるジープは、国境からほんの数十分ほどで宿に到着した。
 リビングストンの町は、かの有名なイギリスの探検家・リビングストンにちなんで名づけられたということだ。ちなみにビクトリアの滝も、19世紀にリビングストンが発見し、当時の英国女王ビクトリアの名をつけたらしい。実にスケールがでかい話だ。
 だが、探検家ならわが日本にも
幻の双頭の毒蛇謎の原始猿人を発見した川口浩がいる。彼の名を冠してつけられた川口市という街も存在する。川口市にお住まいのみなさますみません。しかし、双頭の蛇や猿人など掛け値なしに生物学上物凄い発見をしているにもかかわらず、ひとつも正式に新種として登録されていないというのがちょっと不思議なところである。きっと本当は発見していないのだろう。
 まあそもそもリビングストンがビクトリアの滝を「発見」したというのもおかしな話だ。そんなことこそまさに西洋人の視点でしかなく、原住民を差別しているから言えることである。本当に最初にこの滝を発見した人間は、ザンビア近辺で一番先に人間に進化したやつのはずだ。

 さて、どこの国でもそうなのだが、入国後まずすることは両替である。僅かに残った数十ドルを、小分けにして現地通過に換える。言っておくがオレは貧乏だ。多分今のオレの状況を知ったら、
やせ細った野良犬さえ同情して残飯をめぐんでくれるだろう。
 まあそんななけなしの、というかなけなしの上に人から借りた金であるUSドルを両替するのだが、ここの通貨単位は少々言いづらい。
 過去訪問した国のいくつかを思い浮かべてみると、南アフリカはランド、ジンバブエはドル、インドとゼルダの伝説ではルピー、そしてマレーシアではリンギットなどというわけのわからない通貨単位であった。
 そして、ここザンビアの通貨単位は
クワチャだ。




・・・クワチャってキミ!!!



1ドルが5000クワチャだ。コーラは3000クワチャ。昼メシのチキンとポテトで
8600クワチャ。

 買い物しづら〜〜・・・。一体この通貨単位を考えたのは誰だろうか? もしかして
これはギャグか? 観光資源が少ないためにせめてこういうところでザンビアの特色を出そうとしたのだろうか?? たしかにこの通貨単位はインパクトが大きい。きっとクワチャに決定するまでは様々な討議を経たのだろう。まあある意味この程度の言い辛さで決定してくれてまだよかったかもしれない。もし1ドル=500ドンデュンビミモキョとかコーラ1本650000ララゑレリョヴヱヲヲンマンヰとかいう通貨単位だったら旅行者はみな飛行機で次の国に飛んでいくだろう。
 ちなみに買い物時に「ああ、3000
クワチャけいすけね」とかハイレベルなギャグを言ってみても、白い目で見られるどころか誰も理解するザンビア人はいない。

 昼食後、オレは再びビクトリアの滝へ向かった。
 ビクトリアの滝には、ナイアガラの滝にアメリカ側とカナダ側があるように、ジンバブエからしか行けない(見れない)場所と、ザンビアからしか入れないそれぞれ別のポイントがあるのだ。ジンバブエ側から行ったのだからもうそれでいいではないかと思うなかれ、物事片面からだけでは本質はわからない。反対側から見たらまた今までとは全く別の一面が見えてくるということも十分考えられる。
人造人間キカイダーの顔がいい例ではないか。

 まず、ザンビア側からビクトリアの滝に向かうと、途中で左のような橋に差し掛かる。
 この橋、実は普通の橋ではない。なんと、ここは世界一の高度を誇るバンジージャンプポイント、遥か110メートル下を流れるザンベジ川の急流に向かってダイブできるという、川に落ちないために架けられたはずの
橋本来の目的を完全に無視したアクティビティポイントなのだ。
 しかし、このバンジージャンプ、1回100ドルも取られてしまうため、残念ながら所持金が100ドルに遠く及ばないオレはチャレンジすることができない。ちくしょう!!残念だ!!
・・・勿論ウソだ。もしもオレがここでバンジーをやるハメになったらハットリシンゾウより大きな声で泣くだろう。

 というより、所持金が100ドルに及ばないなどと
ザンビアで冷静に言っている自分が、ある意味バンジージャンプよりよっぽどギリギリのスリルを体験しているような気がする。今がまさに人生のバンジージャンプの限界落下点である。綱がちゃんとついているかどうかは定かではない。

 ザンビア側から滝へのゲートを入ると、やはり滝壺から噴き上がるしぶきが豪雨となってオレを襲ってきた。気象予報士はこの地点の予報を出すのは非常に簡単であろう。少なくとも定年するまでは毎日「明日は雨でしょう」と言っていれば当たるはずである。
 ザンビア側の良い点は、滝の上をあちこち歩き回れるところだ。ビクトリアの滝近辺は良く言えばアフリカらしく自然な状態に保たれており、悪く言えば
安全管理が全くなっていないため、滝上流で泳いだり滝から落ちたりということが自由に出来る。誰もやらないとは思うが。
 ちなみに外人の旅行者が普通に歩き回るのはあまりに危険なため、というか現地の子供の小遣い稼ぎとしてこの辺りにはガキのガイドがいる。オレもお子様ガイドのなすがままに彼らに連れられ滝の上を歩いていったのだが、こいつらは凄い。何が凄いかというと、まずこれだけのむき出しの岩肌の上を裸足で歩いているのだ。もしもオレがここをサンダルを履かずに歩いたら、10歩で皮は裂け、50歩で肉はちぎれ、
100歩で骨が削れ、そこからは歩くごとに身長が低くなっていくことだろう。そして流した血によって滝の色が一時的に赤く染まるという、滝の歴史が始まって以来の不思議な現象が起きるであろう。

 さらにこのガキにはオレが何度も川にハマったところを助けられた。ガキは「僕の通った跡をついてきて!」と言って川にところどころ突き出ている石をポンポン渡っていくのだが、オレも真似をしようとすると、

ツルッ 「ぎょえ〜っ!!」

ズボッ 「むひゃ〜〜っ!!」

ザボン 「ちょわ〜〜っ!!」


と、ことごとく日本の伝統である忍者のイメージを下げてしまうような醜態をさらし、滝壺に向かって落ちて行く自分のイメージが浮かんできたあたりでガキにがしっと腕を捕まえられるのだ。かなり情けないが、決してオレだけが鈍いわけではない。こんな岩の上を身軽に渡っていくことなど日本人には到底無理だということは、
風雲たけし城を思い出してもらえればわかってもらえるだろう。
 そんなことで、大学時代バリバリの体育会系で身につけた身軽さを如何なく発揮し、ガキ、いやオレの守護者について更に進んで行くと、遂に滝の真上まで到達。









↓滝の落ち始め。あと3歩進むかちょっと足を滑らせたら
滝と一緒に100m落ちれます。









こんなところまで案内するな。
しかもガキはこれよりさらに数歩進み、絶壁に張り出す岩の上に乗って、「どうだ! この眺めすごいだろう!!」と誇らしくオレに叫んでいるが、オレから見れば
そこに立っているおまえが一番凄い。
 こいつはビクトリアの滝と共に生きてきたからか、滝に対して全く怖いという感情が湧かないらしい。帰りに川を渡っている時、流れに足をとられてオレのサンダルが脱げた。そしてサンダルは10mほど先の滝へ向かって流れて行き、「ああ、もうダメだ・・・ここから裸足で歩くしかない・・・。きっとこれからオレの皮は裂け肉はちぎれ骨は・・・」と思っていると、ガキが突然もの凄い速さで流れに沿って滝の方へ突進して行き、まさにサンダルが滝の一部となる直前で拾い上げてくれたのだ。
 当然のごとくオレは肉がちぎれる心配も無くなりその勇気に驚きと感謝しきりなのだが、同時に
「おまえもうちょっと命大切にした方がいいんじゃないか?」という大人としてのアドバイスもしたくなった。サンダルを捕まえるためにもし彼が勢い余って滝と一緒に落ちて行ったらオレは、・・・どうしよう。きっと何もなかったことにしてその場を立ち去るだろう。そして証拠隠滅のためにもう片方のサンダルは埋める。

 ガキ、いやお子供さまにはきっちりサンダル拾いお駄賃を払い、ビクトリアの滝はこれで見納め、振り返らずに心の中でそっとさよならを告げた。
 とりあえず、明日は早速首都へ向かう。





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