〜出国〜





 4度目の成田空港。
 しかし今までの旅は全て帰国便の航空券を持っていた。帰国日も決まっていた。
 そして、今回のように大切なメガネを
空港にたどり着く以前に京成線の中でなくしてしまうというような絶対に自分の心にだけしまっておきたいミスを犯すこともなかった。
 このことだけを見ても今回の旅がいかに危険かということがわかるだろう。

 オレは今回、予期しない事態が起きた時のことを想定し、今まで住んでいた部屋を引き払い、いざという時のために一番高い死亡保険に入り、契約書を親に渡した。そして医学の勉強のために購入したエロ本の山を帰国まで預かってもらうため、友人宛に郵送した。
 これでいい。これで何かあっても
安心して死ねる。
 インド旅行の前に学んだことは、「無事に日本へ帰ってくるためにもあえて部屋を散らかしておけ!」ということだったが、今やオレの荷物は全てダンボールに入り、実家の仏壇がある部屋にキチンと整って置かれていた。なんだかすでに今の時点で
「息子の遺品」といった雰囲気を十分にかもし出している。
 もちろん、自分自身棺桶に入って帰国するつもりはさらさらない。言うまでもないが。
 オレの無事と健康を願ってくれている家族や友人のためにも、とにかく今回の旅では安全第一を常に心がけるつもりだ。自分だけの問題ではなく、これは自分をとりまくたくさんの人々に影響することなのだ。
 しかし、こうやって危険を前にした旅の直前には、本当の友人とそうでない友人の差が非常によくわかった。これからアフリカ大陸に向かおうという人間に対して「ライオンにまたたびあげると喜ぶかどうか実験してきて」などと言う人間をオレは決して本当の友人とは思いたくない。

そしてその言葉を聞いて←
本当にまたたびを持参しているオレという人間を決して本当の自分だとは思いたくない。
 オレはいつも自分自身を主観的に見る時、「オレという人間は、なんて発想力に富んでしつこくなく、理知的で論理的なんだろう」と賛美の嵐を送っているが、客観的に見た場合明らかにバカではないかと最近うすうす気付くようになってきた。
 まあおそらくそれは気のせいだと思う。そして数ヵ月後の自分がちょっとだけライオンと絡んでみようなどという気持ちを起こしていないことを切に祈る。

 空港は賑わっていた。ツアー旅行に参加する団体旅行者、若いカップル、もしくは女の子数人のグループ、いろんな人達がいて、旅のスタイルは人それぞれなんだなあと思う。ただ、その中で
「行きたくね〜!!」と思っているのはおそらくオレだけだろう。
はっきり言おう。
行きたくない。
 よく考えてみてください。あなたはアフリカ大陸を南から北まで飛行機も使わずに縦断したいですか?絶対嫌でしょう??というかそんな選択肢は自分のとり得る行動の可能性の範囲にないでしょう??
オレも無いよ!!!!!
Mめ〜〜・・・(呪)。

 そして泣きながらもオレはチェックインカウンターに搭乗券を受け取りに向かった。



「お願いします(号泣)。」


「はーい。ケープタウンまでですね?・・・あれ?片道なんですか?帰国便のチケットはもってませんか?」


「はい。片道です(号泣)。」


「あの・・・南アフリカは帰りのチケットが無いと入国出来ないことになっているんですが・・・。」


「はい、そうですか(号泣)。」


「・・・。」


「・・・え!?今なんとおっしゃいました??」


「帰国便の航空券を持ってないとダメなんですけど。」


「ちょっと待ってください!!そんなこと今言われても困りますって!!!」


「しかしそういうことに・・・」


「勘弁してくださいよ!!!!これだけの荷物背負っていまさらアフリカをやめて京都古寺めぐりに変更なんてできるわけないでしょ!!!」


「・・・ちょっとお待ちください。」



 カウンターの美人受付譲は一旦裏へ下がって行った。
 なんということだ。こんなところで旅が終わるなんていうことになったらなんてホッとすることか。いやいや!!カッコ悪すぎる。今更どの面さげて家族や友人にあいまみえることができようか。それに京都古寺めぐりをバカにするわけではないが、三十三間堂を周るのに
わざわざ引っ越して高い死亡保険に入ってエロ本を友人に預ける必要はなかっただろう。
 もしこのまま搭乗が拒否されたら、半年間消息をくらますしかない。そしてコイサンマンのDVDをパソコンに取り込んで、オレとアフリカの風景の合成写真をせっせと作らなければならない。たとえ写真が上手くできても
「あれ?なんでアフリカに何ヶ月も行ってたのに前より透き通るように白くみずみずしい肌になってるの?」なんて言われたら弁解のしようがない!!

 ずいぶん長い間待たされて、再び美人受付譲が登場した。あまりに長くオレを待たせすぎたせいか、彼女自身もいくらか歳をとったようだ。と思ったらそれは先ほどの美人受付譲ではなく、美人受付譲の上司だった。



「あのー、失礼ですが南アフリカの次はどこに行くんですか?」


「ジンバブエです。それでアフリカをずっと北上しようと思うんですけど。」


「そうですか。向こうに着いた時それをちゃんと英語で説明できますか?」


「もちろんです!!!こう見えても僕はNHKの『100語でスタート!英会話』をスキットに出演する女優さん(上野あゆさん)見たさに録画してまで毎日見ているんですよ!!」


「本当ですか?」


「もちろんです!!!女優さん(上野あゆさん)を見る以外にも発音練習もたまに一緒になってやっているんですから!!」


「そうですか。それならばいいでしょう。気をつけて行ってきてくださいね!」


「ありがとうございます!!」



 さすがは歳をとったとはいえかつては美人受付譲だった美人受付譲の上司。話のわかるお人だ。英語で事情を説明する自信なんてあるわけがないが、飛ばせてくれるのならなんとでも言おうではないか。そんなことは行ってから考えればいいのさ!!

 荷物を預け身軽になったオレはついに再び機上の人となった。てしまった。
 東京→コタキナバル(どこそれ?)→クアラルンプール→ヨハネスブルグ→ケープタウン、乗り換えと乗り継ぎ合わせて都合3回、到着まで28時間である。
 素直に北京行きに乗っていればたった3時間半で済むはずだった。極端な話、ケープタウンに着くまでの間に
北京に行って観光して帰ってこれる。

遠い。
帰りの航空券もない。
日本に戻って来れるのか?

・・・。


行きたくね〜〜(涙)





今日の一冊は、映画とはレベルが違う傑作 パラサイト・イヴ (新潮文庫)






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