〜シンガポールから北上のスタート〜 昨夜ダッカの空港を出てからたった3時間半、一睡もできずに早朝このシンガポール空港に到着。ベンチの上に強引に寝袋を敷き、夢とうつつの間をさまよいながらなんとか10時まで時間を潰す。 マレー半島といえば、何となく地味なイメージがあることと、地形的な行き止まり感からほとんどのバックパッカーがスルーする地域であるが、下の地図を見てほしい。 左側の矢印はオレの今までのルートで、右側は今後の予定だ。普通にミャンマーを飛び越すだけならタイに入ることになるのだが、それではミャンマーの距離分オレが楽をしたことになってしまう。よって、ちゃんとその分の距離は他の地域で補おうと思い、このようにマレー半島の最南端シンガポールから、わざわざ東南アジアを北上することにしたのである。 ……まったく、我ながら筋金入りのフェアプレー精神に惚れ惚れするぜ。あまりにも優等生すぎるぜ。これほどに優等生なオレと一緒に「中学生日記」に出演してしまったら、あの二宮金次郎ですら不良生徒役をやらされるに違いないぜ。 さて、それではそろそろ動き始めるとしよう。まず空港から宿までは、MRTという地下鉄に乗って移動するらしい。空港直結の駅に行ってみると、なんだか遠い昔に見た記憶がある、「キップの自動販売機」なる近代科学の粋を集めた最新マシーンが何台も並んでいた。 …………。な、なんですかこれは。電車の切符というものは、券売所に長蛇の列を作って並んで、割り込んでくる奴に罵声を浴びせながらとか、とりあえず強引に電車に飛び乗ってあわよくば無賃乗車をしてやろうと隠れていると必ず目ざとく発見してにじり寄って来るおっさん料金係にボッたくられたりとか、そうやって買う物でしょうが。こういう、自動だかなんだかとかいうボタンがいっぱいの機械は、わしたち年寄りにはよくわからないんじゃっ!!! 券売機といい後期高齢者医療制度といい、なんで近頃の社会は老人に辛くあたるんじゃっっっ(号泣)!!!! まあそれでも買い方は遥か遠い記憶をさかのぼり日本での暮らしを思い出せばなんとかなるかもしれんが、路線が複雑そうでどこでどう乗り換えていいのかわからない。そこでふと見ると、券売機の3軒隣に「Information」があった。ちょっと聞いてみようかな……でもなんかまったくのど素人状態で質問してもイライラされそうだな……英語もカタコトだし……でも聞かなきゃどうしようもないもんな……。 「あー、すみませんちょっとお尋ねしてよろしいでしょうかおねえさま」 「もちろんですミスター」 「チャオおおおっっ(第一声の上品さに驚愕)!!!! あの、MRTに乗るのが初めてなんですけど、どのようにして目的地まで行って良いかがわからなくて……」 「では、この冊子の路線図が分かりやすいのでこちらでご案内しますね」 「ぎょええええっっ(再び驚愕)!!!」 「今私たちがいるのがこのチャンギエアポート駅です。当駅始発の路線に乗って進み、シティーホール駅でノースサウスラインに乗り換えて下さい。次にドービーゴート駅でまたノースイーストラインに乗り換えて、すぐ次の駅となります。初めてだと分かりづらいと思いますので、念のため乗換駅と目的地に印を付けておきますね。では、この冊子はどうぞお待ち下さい」 「おおっ、おっ、ぎゃホホホ〜〜っっっ(生まれて初めて人に優しくされた時に似た感動)!!!」 「どうぞお気をつけて!」 「まことにもったいなきお言葉、恐悦至極に存じ奉りまつりまする〜(土下座)」 おいおいおい、なんだこのアジア大陸史上初となる公共施設でのアジアらしくない記録的な丁寧な対応は。……もしかして今のお姉さん、オレのことをシンガポールの初代首相リー・クアンユー、もしくはマレーシアの偉人・マハティール元首相あたりと勘違いしていたのではないだろうか?? しまった……カリスマを自粛するのを忘れていたぜ……。 とりあえず政府要人扱いを受けたオレはありがたく路線図を頂戴し、券売機で切符代わりのカードを買ってそして順調に改札を……。 …………。か、改札にも、人の代わりに機械が……。こ、これはもしかして、H・G・ウェルズの小説や映画「ブレードランナー」の中で描かれていた、『自動改札機』というものではないだろうか……。まさかそんな未来の発明品を、自分の生のあるうちにくぐることができようとは……。 感動にうち震えながら抜群の体術を見せてひっかかることなく見事に自動改札を抜けると、今度はこれもまた思い出の中で会ったことのある、幻の動く階段、エスカレーターがあった。ぬおおお……、久しぶりに見たが、相変わらず休みなく動いてやがるぜこの野郎め……。オレは超重量のバックパックを背負ってあまりにも久しぶりにエスカレーターに一歩を踏み出したところ、バランスを崩しバタバタバタッッ!!!と豪勢によろめいてコケる寸前であった。エ、エスカレーターにすら乗れない体になっちまったのかオレは……文明人のはずなのに……(号泣)。 なんとかホームまで辿り着くと、そこにはツルツルとモダンで色とりどりのコンクリートに囲まれた空間、昨夜乗った飛行機は空間だけでなく時代も移動してしまったのではないかと思うような、「21世紀の駅のホーム」の姿があった。 くお〜〜〜。 同じアジア、しかも「東南アジア」と「南アジア」なんて「東」があるかないかだけの違いなのに、ほんの数週間前はこんなもんなのよ?? 何が違うの。シンガポールにあってインドに無いものは一体何だというのっっ!!! …………。いっぱいありすぎていちいち言うのがメンドくさいなそれ。 でも、逆にインドにあってシンガポールに無いものだってあるんだぞ。駅にしたって、インドの駅にはノラ牛とか床にズタボロと転がっている死にそうな幼子とかがいるけど、シンガポールにはそういうのは無いからな。……それは無い方がいい(涙)。 電車に乗ってみると、違う。乗客の人種が、今までとは全然違う!! まず1番多いのは中国人(中華系の人)。そして地元の東南アジア風の方々と、あとは一応ここでもインド人。白人の姿もあるし、特徴的なのはバックパックを背負うオレの姿を凝視して来る奴が誰もいないということだ。大人たちはそれぞれがそれぞれの空間で、自分の時間を過ごしている。これがインドやバングラデシュの電車だったら、10人からに囲まれて精魂尽き果てるまで質問の嵐を浴びる運命なのに……。インド人もここではまったくスマートである。そしてふと見るとところどころに地元シンガポール人とか中華系の若い女の子なんかが乗っていて…… …………。 キャーーーーーーーーーッ!! ボッ起ーーーーン(謎の効果音)!!!! あわわわ……。女の子が、若い女の子たちが膝上のスカートを履いている……。そして、ピチピチのTシャツを着ている……。ヘソが、ヘソが見えているっっっ!!! ほええええ〜〜〜っ(デレーンと骨抜き)。ねー、でもいいんですかそれ。いいのですか。いや、ダメでしょ。女性は肌を露出する服装はダメでしょっっ!!! 体のラインが見えないようにゆったりとした布で足先まで覆わないといけないでしょっっ!! 旦那以外の男に肌を見せるなんて、なんと言うはしたない格好をしているのあなたたちはっっ!!! ※アラビア諸国から南アジア方面の伝統に毒されています。 いや、いいのか。先進国では別に公共の場で女性が肌を露出してもいいのか。ということは…………。先進国最高っ!! 前衛的で自由で開放的な文化風習慣習!!! 凄い! 先進国大好きっっ!!! ※実際こんな短絡的な考えではいけません。 次の駅の手前にさしかかると車内アナウンスが流れ、停車すると電車のドアが自動的に開く。そしてホームにはこのように「降りるお客様を最初に通して下さい」という注意書き。……これだよ。これが先進国というものだよ。思い出した。たしか先進国ってこんな感じだったぞ! オレは思い出したぞっ!! そうだよな。普通は降りる人が先だよな。電車が駅に進入し始めると、まだ停車していないにもかかわらず入り口から100人、窓からも50人くらい突撃して来て、初対面の人間に容赦ないタックルをかまさないと降りられなかったインドの電車は絶対に人類の乗物として間違っていたよな(涙)。 ……さて、オレがシンガポールの宿として決めたのは、インド人居住区・リトルインディアであった。先進国たしかに嬉しいんだけど、なんかこの地元のオシャレな人たちにうまく馴染めそうもなくて……(涙)。インドを毛嫌いしておきながらなぜか宿泊地をインド人街にしてしまう私は一体何なのでしょう。何がしたいんでしょう一体。何がしたいんでしょう。どういう頭の構造なんでしょう。 とりあえずユースホステル風の安宿のドミトリーにチェックイン。5人でひとつの部屋を共有するドミトリーといえど、1泊の値段は千円近くである。インドの5倍、ジンバブエの10倍ほどだ。……だが、それがいい(前田慶次風)。オレは今まで旅をして来た経験から、100円や200円で宿に泊まれるような国ではロクな目にあわないというのが何となく分かってきている(今頃)。たとえ物価の安い国で宿代1000円ぶん浮こうが、そういう国では旅自体が辛く、日給に換算したら1日5000円ぶん以上の苦労はさせられている。そもそも最も物価が安かったジンバブエで、節約のため1泊100円の宿に泊まったら泥棒に100万円近く盗まれた。それだったら、1泊90万円の宿に泊まって残り10万円を盗まれない方がまだマシだ(号泣)。 ともかく、物価が高いというのはそれだけ暮らしやすい国だということなのである。そしてオレは途上国よりも文明国を旅する方が似合う旅人と言われているので(杉並区方南近隣に住むノラ猫たちへのアンケートによる)、今までのアフリカとアジアの旅など全ておまけのようなもの。南アフリカからバングラデシュまでの旅なんて、劇場映画でいえばドルビーサラウンドの映像が流れているシーンに等しいのである(そこまで前かよ)。すなわちこのシンガポールからがようやく本編であり、オレの旅の本番なのだ。 では本番の触りとして、まずは近隣の散歩に繰り出し昼メシにありつこうではないか。 宿を出て少し歩くと、すぐに人でごった返している屋台街を見つけた。「ホーカーズ」と呼ばれているところで、屋台街といっても決して路上ではなく、建物の中もしくは屋根付きの広い空間に食べ物や飲み物を出す出店がいくつも並び、客はその中から好きなものを買ってきて中央のテーブルで食べるというシステムの空間だ。なんでシンガポールに来たばかりのオレがそのシステムを知っているかというと、オレは文明国を旅するのが似合っている旅行者なので、本能的に先進国のシステムは分かってしまうのだ。 それでは、やや膝を曲げ高めから目薬を落として…… キターーーーーーーーーーーー(目薬を高く掲げて)!!! 記念すべきシンガポールの1食目は、中華風タレかけチキンライスである。おおおお……、器が、器がプラスチックだ!! チキンライスにスープがついているっっ!! ドリンクがなんとなく清潔そうな上に、よく冷えているっっ(涙)!!! これが先進国の食事か……。こんなもの、インドでは歴代首相かマハラジャくらいしか食べられないというのに……。エチオピアだったらこのグレードの食事はもはや満漢全席である。もしスーダンの砂漠でこの組み合わせの食事が出てきたら、「ああ、もうオレは長くないな……こんな幻が見えるようになってしまったなんて……」と死を覚悟することだろう。 だいたい、屋台ごとにちゃんとメニューが違うのがすでにマハラジャ級である。昨日の夕食までは、チキンカレーとマトンカレーとフィッシュカレーの中からどれかを選ぶくらいしか食事の選択肢がなかったのに。しかも、どれを選んでも満遍なくはずれなのだ(涙)。バラナシの日本食屋でしょうが焼き定食を食って「メシが美味いって、こういうことだったんだね(号泣)」と数ヶ月ぶりに感動したら、食中毒になったし(号泣)。 素晴らしい。やっぱり旅の本番は素晴らしい。 昼食後そのまま近所を散歩したのだが、まず道路が全てアスファルトというのが凄い(南アジア帰りのため感動するレベルがだいぶ低くなっております)。しかも、車道から歩道から建物に至るまで、なんと整って綺麗なことか。そういえばシンガポールは、道にゴミを捨てたりツバを吐いたら即罰金という国なのだ。ガムなどは道に捨てる以前、噛んだ時点で罰金だそうである(そもそも売ることが禁止という)。 この地域のインド人の方々は、こんな厳しい法律の下でちゃんとやっていけているのだろうか? 仮にインド人がインドの感覚でそのままここで暮らし始めたら、翌日には全員逮捕されているに違いない。オレだってゴミこそ捨てないが昨日までバングラデシュにいたわけだから、たとえ何もしていなくても「バングラデシュから来た」という事実だけで罰金が課されてもおかしくない。 おや? あの遠い記憶の彼方に見たことがあるような気がする、オレンジと緑と赤のラインそして大きな「7」の文字の看板が特徴的なこぎれいなお店は何だろう?? …………。 これはっ!! これはあの伝説のっっっ!!!! ……そ、そうだ、たしかこんなフレーズだ。セブン♪ イレブン♪ いい気分!! そうだそんなフレーズで有名な、朝7時から夜の11時まで営業しているという深夜型の若者にはとっても便利なお店、今までになかった画期的で斬新な営業形態の小売店「コンビニエンスストア」のセブンイレブンではないですかっっ!!! よく店の前に不良がたむろするので、地域で問題になっているお店ですよねっ!!! 実際、上の写真でもなんか不良みたいなのが座り込んでるし!! ウィーン ←有無を言わさず入店 おおっ、な、なんか国内国外を問わず製菓、食品業界で先端を行く企業が開発したプロダクツの洪水に思わずめまいが……クラクラ……凄い……こんな時代の最先端のお店で働いている人は、きっと超高学歴のいいとこのおぼっちゃんお嬢ちゃんばっかりなんだろうな……オレみたいなフリーターとは住む世界が違うぜ……ってぎゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっ!!!!! これは……。 かかかかかかかかかかか、 カラムーチョではないですかっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっ!!!!!! あわわわ……およよよ…… 「いらっしゃいませ〜。ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、13ドルになりま〜す」 「じゃあこれで」 「はい50ドルお預かりしまして37ドルのお返しになります〜。ありがとうございました〜」 …………。 はっ!!!! しまった。無意識のうちに棚にあったカラムーチョを全て買い占めてしまった!!! しかもミニサイズのカラムーチョだったものだから4つだけでは物足りず、カルビーのポテトチップスまで買ってしまった……。だ、だって、カラムーチョが! カラムーチョがあったんだからしょうがないだろう!! 創世記から何千袋というカラムーチョを食べ共に青春を歩んで来た、辛い時も楽しい時も、大学に進学して初めての一人暮らしを始めた時もいつもオレのことを見守ってきてくれたカラムーチョをこんな異国の地で見つけたら、買ってしまうのは仕方がないだろうっっ!!! この5袋のお菓子でインドの食堂の定食10回分の値段だとしてもっっっ!!! インドでリキシャドライバーと10円20円を巡って醜い争いを繰り広げようとも、カラムーチョには惜しむことなく持ち金を注ぎ込むのです。リキシャドライバーよりカラムーチョの方が何倍も好きなのです。無人島に見知らぬ2人を置き去りにして一緒に脱出を目指させるというテレビ番組の企画に参加することになっても、パートナーとしてリキシャドライバーよりカラムーチョを選びます。 スナック菓子を一旦宿に置きに行ってから(わざわざ)、今度は少し遠くのデパ地下まで足を運んでみた。するとそこにはっっ!! カップ麺がっ!! 日本製のインスタント食品がっっ!!! どん兵衛が! 緑のタイプの「きつねうどん」と、赤いタイプの「天ぷらそば」だけでなく、青いタイプの「天ぷらうどん」のどん兵衛までもがっっ!!! さらに赤いきつねと緑のタヌキと日清麺職人とごんぶととSpa王がっっっ!!!! ↓この日の夜食 うまい……(号泣)。赤いきつねがこんなに美味かったなんて……。 この麺の1本1本、ネギのひとカケラ、スープのひと粉すら捨てるのは惜しい。こんな贅沢で清潔で味わい深い食品が、日本ではスナック的な扱いになりグルメな人々からは見向きもされないとは……。いったい日本人の感覚はどこまで先進国擦れしてしまったんだろう。いつもいつも出される食事にごたごた文句つけてる海原雄山っ!!!! おまえも1回、半年ほどかけてイラン・パキスタン・インド・バングラデシュのルートでアジア横断してみろよっっ!! そうすれば日本でどんなものを食ったっておいしいおいしい言いながら笑顔で箸を進められるはずだっっ!!! この贅沢野郎っっ!!!!! まあ、そしたら海原雄山は仕事なくなるけど…… ということで、この先の豪勢で優雅な道のりを表すかのように、オレの東南アジアの旅(本編)はこうして潤沢な嗜好品と共にスタートを切ったのであった! 今日のおすすめ本は、 北朝鮮に拉致された蓮池薫さんの戦慄の手記 こんな人生あるの? 拉致と決断 (新潮文庫) |