〜シンガポール2〜 久しぶりに安らかな眠りに着いた。この日、夢の中には今までオレを見守って来てくれた美しい旅の女神が現れ、「作者よ、今までよく頑張りましたね。あなたがここまで辛い旅を耐えて来たご褒美です。これから先は、魅惑の都市・夢いっぱいのパラダイス、東南アジアを巡る極上の旅を……」となにやら語りかけて来たので、オレは最後まで聞く前に、「ごたごた言ってんじゃねーよっ! げへへっ、オレが一番欲しいご褒美を教えてやろうか? ……これだよっっ!!」と叫んで女神に飛びつき、覆い被さった。 その後のことはあまりよく覚えていない。ただ気がついた時には、タバコをふかすオレの隣で、女神が「信じてたのに……私あなたのこと信じてたのに……」と何度もすすり泣きながら呟いていたのを覚えている。 そんなこともあり(どんなことだ)昨日の寝不足もあり、目が覚めたのは昼近くの11時であった。今までの旅の日課からするとかなり遅い起床であるが、しかしオレは全くかまわずに寝転がったままノートパソコンを開き、ダウンロードしたWebサイトを読みながらカラムーチョの袋を開け、朝食代わりにむさぼり食った。 ……ああ、懐かしい生活だ。遅い時間に起き、パソコンをやりながらぐだぐだとスナック菓子を食う生活。……オレは、帰国したのだろうか? これは日本の暮らしじゃないか。ニートとしてのオレの本領を発揮しているじゃないか。本来の姿に戻っているじゃないか。 「ヘイそこのユー。出かけないのかい?」 「あっ、えっ、はいっっ!?」 部屋にはオレしかいないと思っていたのだが、実は一人だけ残っていたルームメイトのドイツ人がふいに話しかけて来てオレはうろたえ、慌てて見ていたWebページを最小化した。 オレは2段ベッドの上の段にいたため、彼のいる場所は死角になっていた。やっぱり、外国人のルームメイトがいるという点でこれは日本での生活とは大きく違うな。本来の孤独なニート生活なら見ているサイトを急きょ隠す必要なんて全然ないし、「どうせ脱ぐんだから」と思って最初から全裸で過ごしていても何も支障がないからな。その点は旅ってめんどくさいなぁ。 「ユー、イフユードントマインド、悪いけどオレここで楽器の練習をしたいんだが……」 「え〜〜。こんなとこで〜〜。楽器ってどんなのよ」 「オーストラリアで買った、アボリジニの民族楽器なんだが」 「あいどんとアンダースタンドあっとおーる」 「簡単に言うと昔の笛みたいなものかな」 「笛といえばドラクエでは妖精の笛、あやかしの笛、やまびこの笛といろいろありましたが、優しい音色を出す楽器ですよね。それなら遠慮なくどうぞ」 「サンキュー」 本当は静かな空間で堕落生活を楽しみたいところだが、まあ美しい笛の音、妖精の奏でる麗しい調べを聞きながらなら、ニート作業もそれなりにはかどるであろう。民族楽器の生演奏を聞きながらダラダラできるとは、オレもいつの間にかセレブ引きこもりになったものだ。日本に帰ったら、セレブらしく今度は白金台あたりに引っ越して引きこもろうかしら。 しばらくすると実際に妖精、いやドイツ人の奏でる笛の音が聞こえて来たのだが、なんか、ちょっと想像と違う……。 う、うるさい……(涙)。 それって、笛なの? 笛というにはあまりにも、部屋全体が振動するほどの野太い音色を奏でておりますが……。 …………。 オレは、出かけることにした(号泣)。 ルームメイトに追い立てられ今日は地下鉄に乗り、特に目標もなく途中下車しながらオレの前世での出身地、超先進国シンガポールの街を探索することにした。 シンガポールといえば世界地図上ではほとんどただの点であり、下手したらオレのケアンズの別荘地よりも狭いんじゃないかと思っていたのだが、広く張り巡らされた地下鉄の路線図を見ると、意外とそれどころの広さじゃないということがわかる。……てなことをいうと「おまえが別荘なんか持ってるわけないだろうが!」とすぐに誹謗中傷が投げかけられることが予想されるが、キミたち、的を外した指摘はやめたまえ。今は別荘を持っているか持っていないかじゃなく、別荘より「広いか狭いか」という話をしてるだけだろうがっ!! 持ってるかどうかという議論は誰もしてないだろっっ!!! 話をすり替えてまで他人を批判するんじゃねーよテメー!!! 中心部の駅で降り、今度は昨日と違いヨロめかずにうまくエスカレーターに乗り(まったくなんという優れた適応能力、運動神経だろうか)、一歩地上に出ると、右を向けばデパート、左を向けばデパート。デパートの合間をぬって高級ホテルやオフィスビルが並び、街並みはカラフルで道行く人々はファッショナブルである。 おおお……。まさしく「人間先進国首脳会議くん(サミットくん)」というあだ名を持つオレにピッタリな場所ではないか。ああ、でもちょっとなんかこんな都会を、そしてオシャレな人々の中を歩くのは、怖い……。 「ミスター。ちょっと話を聞いてくれない?」 「なんでしょう。僕を先進国にふさわしい人間だと認めているからこそあなたは先進国で僕に話しかけているのですね?」 「僕らね、恵まれない子供達のために教育施設を作ろうとしてるのね。それで旅行者の人たちにも協力の手を差し伸べてもらおうと思ってるのね。賛同してもらった人に署名をお願いしてるんだけど」 「協力の手ですか。南アジアで汚れてしまったこんな手ですが(大便の後に尻を拭いていたし)、子供達の役に立てるのならいくらでも……これに名前書けばいいんですか? はい、サラサラサラ…(個人情報記入)」 「サンキューミスター。ユアネームは……、『作者』か。グッドネーム!」 「いやあ、そうですか? やっぱりわかる人にはわかっちゃうのかなー」 「それじゃあ、これは名前を書いてもらった旅行者の人みんなにやってもらってるんだけど、気持ちで構わないから寄付をしてくれるかな。ほら、これが他の旅行者の金額のリストね。日本人は特にたくさんお金を出してくれてて、ほら、300ドル500ドル500ドル……この人なんて1000ドル……」 「いやああああ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!! 助けて〜〜〜〜〜〜〜〜っっっっ!!!!」 スタタタタタタタ(全力疾走) はぁ……はぁ……。 どうしてだ。今まで世界各地のボッタくり&詐欺野郎を相手に経験を積み、それなりに騙し難そうな外見になっているはずなのに(あくまでも自分のイメージ)、なんで今のキャッチ的な人はこれだけの通行人の中で真っ先にオレに声をかけたんだ?? まさか、オレが浮いていたからか……? 先進国らしくないおのぼりさん的なオーラを出していたからか……?? いや、そんなことはないっっ!! オレは根っからの先進国民なんだ。先進国民は、街で見知らぬ人間に呼び止められたって、決して見向きもしないんだ!!! 先進国では、道を歩いていて声をかけられても無視するのが当たり前なんだ!!! 「どうですかミスター? ぜひ飲んでみて下さい!」 「はい。なんですかこれは。お茶ですか?」 「そうです。今月当社より新しく発売された、体内のバランスを第一に考えた健康緑茶です! どうぞ、お試しになって下さい! お味はどうですか」 「お味は、えっと、おいしいです……」 「ありがとうございます! では、今日のショッピングのお供にぜひ1本携帯されてはいかがですか?」 「じゃ、じゃあ1本下さい……」 「お買い上げ有難うございました〜〜」 「いえいえ、エヘヘヘ……」 …………。 気が付くと、オレはミニスカユニフォーム姿の販売員のお姉さんから、10秒前に営業を受けたばかりのお茶のペットボトルをあっさり購入していた。 ……ち、違うんだい!! こういう先進国的な営業の手法には全然慣れてるけど、たまたま偶然にも奇跡的にこのお茶がピッタリオレの好みの味だったんだい!!! 偶然以外のどの要素、お姉さんやミニスカや先進国的なスマイルトーク癒される笑顔などには決してどれにも惑わされてないんだいっっ!!!! よかったよ。ちょうど喉が渇いたなあと思っていたところだったんだよ。これは「渡りに船」「闇夜に灯火」「願ったり叶ったリ」のような諺がちょうど当てはまる状況なんだよ。奇遇なことなんだよ。 それにしても、バングラデシュを出てから土を見かけてない。土とか、砂利とか、岩とか、藪とか、ないんだよ。とりあえずどうしたらいいかわからないけど近くのデパートに入ってみよう。昼メシだよ昼メシ。デパ地下だよ。 ぎゃあああああああああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっ!!!! ※さて、私は何を発見したでしょう おおおおおおおお……(涙) 吉野家の、吉野家の牛丼が食べられるなんて……。まだ僕は何も人類に対して貢献したわけでもないのに、こんな身分不相応な大変なお食事をいただいてしまって良いのでしょうか……。 がばがばがばがばがばがばがばがば(無心で箸を勢い良く)。 はわわわ……。うまあうまうまうまい〜〜(号泣)。こ、これが本当に、アフリカやインドと同じ地球上にある国が発明した食事なのか……。それほどまでに地球は多様性に富んでいるというのか……。 七味唐辛子のゴマどころか赤いパラパラとした破片の1粒すら残さず牛丼を平らげると、オレは店員さん一人一人に対して直角に頭を下げ、大声で感謝の言葉をかけながら感動の余韻とともに吉野屋を出た。……なんということだ。なんということなんだ。夢にも思わなかった。妻よりも仕事を選んだ罪深いオレが、まさか生きてまた吉野家の暖簾をくぐれるなんて。ああ…… あぎょおあわああああああああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっ!!!! ※今度は何を発見したでしょう …………。 はうわおわおああ(号泣)。 ほうわおもうわおへいやおわわお(号泣)(号泣)。 よかった。旅を続けて来てよかった。今初めて言える。旅に出てよかったと。モスバーガーに、モスバーガーに来られるなんて、これほどの幸福が待っていたのだから旅に出たオレの決断は決して間違っていなかったんだ。モスバーガーで食事ができるのならば、アフリカを縦断し、アジアを横断する甲斐は十分あるというものだ。ああこのテリヤキバーガーの、至上の味を一口噛みしめるごとに、本当に旅が終わったんだという実感がしみじみと沸いて来る。 …………。まだ終わってなかったっけ旅。いや、もういいんじゃないの? これってもうエンディングレベルの感動でしょ? 綺麗にハッピーエンドになるでしょ??? ほら、みんな泣いてるじゃん!! パソコンの前でこれを読んでみんな感動して泣きながら拍手してるじゃん!!! ここで終わりでいいんじゃないのっっ!!! と思ったけど、誰もしてないね拍手。泣いてもいないし。どうやら、笑ってもいないみたいだ。オレが泣こう(号泣)。 結局オレは吉牛の後にテリヤキバーガーを二つ平らげて、もう帰国したかったが、ともかく食後の散歩にまた近隣を歩き回ることにした。 それにしても…… 写真中央の、先進国にありがちなよくわからないオブジェはいいとして、その後ろの建物群に注目してほしい。メガバンクやら芸術ホールやらオフィスビルやらデパートやら高層ビル建築中やら、典型的な新世紀新興国大発展経済都市の光景であるが、この国が凄いのはこんな風景が地下鉄のほとんどの駅を降りるとあることである。 特に目立つのはデパートだ。どう考えてもデパートを造りすぎである。これだけデパート、ショッピングセンターが際限なく並び建っていて、よく共倒れしないものだ。舞の海が技のデパートなら、シンガポールはデパートのデパートである。オレは今まで世界で1番発展している、地球の先端を行く都市は東京だと思っていたが、その認識がシンガポールに覆された。まさか、これほど都会な都会がまだ世界にあったとは。上には上がいるものだ……オレの上にデビットベッカムがいるように……。 シンガポールは新興国だけに、何もかもが新しい。そして新しい分、古くから発展していた東京よりもはるかに綺麗に見える。しかも都市部が途切れない。どこの駅で降りても、駅から駅まで歩いても、ずっと大都会なのだ。 地下鉄の駅にはカフェが併設されており、乗客が大量に通る脇でビジネスマンが普通にノートPCを広げていた。しかし、それを気にする者は誰もいない。もしバングラデシュの食堂でノートPCを覗いていたら、興味深々の地元の人々が50万人は集まって来るぞ……。 散歩途中、遠くのデパートの壁面に「高島屋」の文字を見つけたオレは即座に魂を奪われ、活きのいい一般市民を発見したゾンビのごとくヨダレをたらし言葉にならぬ言葉で喚きながら入店した。そして、受付嬢のうなじに噛み付こうと大きく口を開け牙(代わりの八重歯)をむき出したところで我に返った。 高島屋の中には紀伊国屋書店が入っていたので、本の立ち読み(もちろん日本の本だぜ)をする。ほほう〜、日本じゃあ今、冬のソナタのコミック版なんてもんが発売されてるのか〜。 マイメ〜モリ〜♪ モ〜ドキ〜ヨケヨク〜ソガ〜♪ ぬ〜ぬるかんむみょ〜〜〜、あじゅちゃ〜がねると〜ぉ〜おい〜でよ〜♪ ユアファ〜ラウェ〜イ♪ たうぃるすんな〜るぐせ〜〜、さ〜らな〜んだぬんまいど〜き〜だりんだぬんまいど〜、はじも〜た〜ご〜♪ (中略)よ〜うに〜〜♪ (冬のソナタ挿入歌:「My Memory」より) I wanna love you forever.... 出世である。ただの素人の貧乏旅行者からコツコツと歩を進め、遂にオレは昇るところまで昇りつめたのだ。今年度版の「順調に出世をし遂に昇りつめた日本人ベスト5」が発表されたら、まさしくオレが島耕作を抑えてナンバーワンに輝くだろう。 そんなふうに今回もまた、いかにシンガポールが素晴らしいところかということだけを訴え、旅行記は次回に続くのである。 加入者がほとんどいない(号泣)mixiの「さくら剛」コミュニティでは、「作者がひどく苦労している時が1番旅行記が面白い。だから作者さんもっと辛い目に遭って!」などと書き込まれていたが……、勝手なこと言うんじゃねえテメエッ!!!!! 「よーし、みんなに楽しんでもらうために、これからも辛くて嫌な目にどんどん遭うぞ!」ってオレは人生を投げ出した究極の変態かっっ!!!! オレだって幸せになりたくて生きてるんだよっっ!! もうこれからは絶対辛い目には遭わんぞっっ!!! 僕は、これからシンガポール旅行を考えているみなさんに、この旅行記を通じてシンガポールのおすすめスポットを知っていただきたいのです。そのためには、まず書く立場の自分が1番楽しまなきゃ!! ちなみに僕のおすすめトップ3は、吉野家とモスバーガーと紀伊国屋書店です。この3つはシンガポールに来たなら絶対に外せません。 まだまだ「感動レポート・シンガポール編」は際限なく続くぜ!! あと20回は続くぜ!!! 今日のおすすめ本は、 私・さくら剛が書いた探偵小説です 帯コメントはなんとGLAYのTERUさん! 俺は絶対探偵に向いてない (幻冬舎文庫) |