![]() 〜オチンコファイトクラブ〜 ↓ヘンな体勢でだらける野郎ども(カオサンストリート) ![]() 死体博物館で山ほどの死体を見た影響で、オレはその日からしばらく快適な宿のベッドで惨殺死体レベルの動きの無さでひたすらマンガを読み、ほんの時々起きて日本食や屋台メシを食いまくってはまたベッドに戻り死体になり、食う時以外は起き上がらないという人として理想的な生活を送っていた。 なにしろ10人部屋のこのドミトリー、昼間からほとんどの旅行者が同じように死体化してマンガとともに横たわっているため、怠けているという罪悪感も全くないのである。まあ当たり前だ。元々怠けることに罪の意識を感じるような人間だったら、今の時点で日本で会社勤めをしているはずである。今さら「よし、ベッドでゴロゴロなんて怠けてないで、ちゃんと長期旅行者らしく移動をしよう!」などと改心し実際にいろんな街をフラフラと渡り歩いたとしても、それもものすごく怠けている。どっちにしろ怠け者だと思われるなら、より心身に負担のない怠け方のほうがよいではないか。 ともあれ、死体博物館では研究室にたくさんの死体が裸で横たわっていたが、宿の部屋に帰って来てもなんだかあまり死体博物館と変わらない光景だ。博物館から一体持ってきて宿のベッドに乗せ、逆に旅行者を一人そのまま博物館に持っていってホルマリンの中に浮かべても、誰も交換されていることに気づく奴はいないと思われる。しかし、光景ではいい勝負でも、医学ひいては人類への貢献度はこの宿は死体博物館に完敗である(号泣)。 だいたいここに宿泊している30人ほどの日本人長期旅行者(もちろんオレ含め)は、全員無職だ。むしろ建物に放火して焼死体を陳列し、第2の死体博物館として保全した方が世の中のためになりそうである。この宿で働いているタイ人の女の子達は、彼女らの世話になりながら毎日働きもしないで食っちゃ寝食っちゃ寝してるオレたちのことをどう思っているのだろう? きっと帰り道には、同僚と「本当にこの世界って不公平よね。あんな『絶対に結婚したくない男ランキング』殿堂入りの男ども、全員強盗にでも刺されればいいのに」などと悪口で盛り上がっているに違いない。 まあそんな感じで死体より役に立たない人間としての暮らしをしばらく続けていたら、再びそんじょそこらの水死体には負けないくらいの異様な腹の膨らみ具合になってきた。ジャングルで凹みきり、一時は蚊すらも止まりどころが見つからないほどの絹糸より細い腹になっていたが、それも今は昔、現在はシンガポールの七福神時代をも超えた見苦しい出っ腹だ。 こんな腹では、もし誰かを追っているヤクザがやって来て「おい、今ここに若い男が逃げてこなかったか?」と聞かれ、素直に「いや、知りませんね」と答えても、「ウソつけ! じゃあこの腹は何だ!! ここにかくまっているんだろう!!! ちょっと事務所まで来いやあ!!!」と恐ろしい濡れ衣を着せられそうである。 さすがにオレは焦った。 いくら旅行中とはいえ、「ちょいワル引きこもり」としてダンディーさで注目を浴びていたオレが、こんなブヨブヨな姿でいいわけがない。今年からメタボ検診が始まったが、こんなことではメタボ検診の検査室に入る時点で入り口に腹がつかえて通れないと思われる。 どうしよう。何とかしなければ。耳なし芳一が住んでいる寺に行って、わざと腹に経文を書くのを忘れて平家の怨霊に腹を持って行ってもらおうか。耳なし芳一の続編として、腹なし芳一という怪談も出来るだろうし、日本文学界のためにもいいかもしれない。そういえばタイは仏教国なので、カオサンの近辺にも僧侶がたくさん歩いている。彼らに頼んでお寺まで連れて行ってもらおうじゃないか。 ということで、ある日重い腹を抱きかかえながらオレは芳一の住む阿弥陀寺を探して右往左往していたのだが、なかなか目当ての寺は見つからず、結局果物屋台でスイカやパパイヤを買って裏通りを食べ歩いていたら、なんかムエタイ(タイ式キックボクシング)のジムの前にさしかかった。 そのジムはこちら側の壁が無く、通りからは完全に中が見えている。テレビで良く見るボクシングジムと同じく、リングがどかっとあり、その周りに大きな鏡やサンドバックが並んで裸のたくましい面々が「アイッ! アイッ!」と激しく攻防を繰り広げていた。オレはご存知の通りオタクにありがちな格闘技ファンのため、立ち止まりしばらく見ていると…… 「オイ、なんだその若者にあるまじきだらしなくたるんだ腹は!!」 「なんですかっ! 初対面なのに人の腹にケチをつけるなんて! 失礼じゃないですかアナタ!」 「おまえ腹が膨れすぎてTシャツがめくれ上がってブラジャーのようになっているじゃないか」 「さすがにそれは大袈裟に言い過ぎでしょう」 「少しは運動しようと思わないのか?」 「運動しようと思っています。でも今は腹がみっともなくて人前に出られないので、もう少し痩せてから運動をしようと思っています」 「そういうことを言う奴は一生運動なんてしないんだ。どうだい。うちのジムはわずか400バーツで半日体験コースがあるんだ。前を通りかかったのも何かの縁だろう。ぜひやって行けよ」 「おうっ!! それはビックリ。本場のムエタイのジムでトレーニングが出来るなんてそれなりに貴重な体験ですね。でも疲れそうだしな。痛そうだし……。ちょっとは興味はあるけど……」 「よし、決まりな!! じゃあ入って! ほらほら、コーチ! この子にパンツ用意してあげて!」 「そんな強引にあなたっ!!」 オレがわずかに興味のある態度を示すや否や、明らかに元プロファイターだと思われるムキムキのタイ人のおっさんは、力いっぱいオレをジムに引っ張り込んで練習用のパンツを持たせ、「着替えろ!」と命じトイレに閉じ込めた。完全に無理矢理であるが、抵抗してもムエタイファイターに力で敵う訳がない。 ということで、オレは道端でムエタイファイターにつかまりそのままムエタイジムに連れ込まれ、めでたくムエタイトレーニングに参加することになったのだ。 一旦お得意の全裸になって黄色い練習生用ムエタイパンツ(でかいトランクスのような)だけ履き、トイレから出ると元ムエタイチャンピオンのナン先生の指示により、まずは縄跳びでウォーミングアップをすることになった。ちなみに、今まで何度かさりげなく書いているが、オレは大学時代武道系の部活で4年間活動していた。その時はおそらく本来のオレではない第3の人格(名前:パリンヤーくん 性格:気性が荒く好戦的。ただしオカマ)が表に出ていたと思われ、おかげで大学時代の思い出はほとんど無いが(涙)、ともかく今また奥に潜む3人目の人格を大学以来7年ぶりに復活させれば、たった半日限定のムエタイトレーニングなど楽勝でこなせるはずである。 ということでパリンヤーくんに変〜身!! イヤーン! そら、片足2回ずつのいかにも跳び慣れてる華麗なスタイルを見よ! フォンフォンフォンフォンフォンフォンフォンフォンフォンフォンフォン…… よっしゃ、調子に乗って軽やかに二重跳びだ!! フォフォンフォフォンフォフォンフォフォンフォフォンフォフォンフォフォンフォフォンフォフォンフォフォンフォフォンフォフォンフォフォンフォフォンフォフォンフォバッチ〜〜〜ン!!!!! あご〜〜〜っ(号泣)!! つま先がっ(涙)!!! 足の指がちぎれた〜〜〜っっっ(号泣)!!! ぐごごっ!!! 「作者! カモン! グローブを着けるからこっちに来い!」 「ラジャー! ブラジャー!」 そうか、さすが元チャンピオン、オレの縄跳びを見て素人じゃないということがわかったか。もうウォーミングアップは必要ないということか。元チャンピオンのナン先生は直々にオレの両手にバンテージを巻き、そして青色のグローブを装着してくれた。 道場へどうじょう ![]() グローブを着けたら、今度は他の練習生も一緒になって円になり、ストレッチを行うことに。左右交互に膝を上げ、次は足を伸ばしたまま勢い良く頭まで蹴り上げる。体験入学生というのは珍しいのだろう、周りの生徒からの熱い視線がオレに集中しているのを感じる。オレは伝統ある日本の武道をかじった者として、これ見よがしに足を高く上げて体の柔らかさとスタイルの良さをアピールしておいた。 ストレッチの後はバラバラになって個別トレーニングだが、ナン先生はオレにサンドバック相手の個人練習を命じて来た。ここは、型だけ覚えていれば女子大生でも簡単に合格出来るけど一応それなりの年数やってないと取れない(なぜか筆記試験もある)少林寺拳法3段を持つ、オレの強烈な蹴りをズバッと食らわせコーチ陣の度肝を抜いてやろうではないか。 オレは、左足を前にしたオーソドックススタイルに構え、およそ7年ぶりにフルパワーの右廻し蹴りを、古びたサンドバックに叩きつけた。オリャアアアアア〜〜〜〜〜ッッッッ!!!! バッシイーーーーン!!! 「ふぎょえええ〜〜〜〜〜っっ(号泣)!!! 痛いっ!! いだいっっっ(泣)!!! 指が!! 足の指の骨が折れたっ(涙)!!!!!」 「作者。違う違う。足の甲で蹴るんではなくて、ムエタイではスネを当てるんだ」 「もう無理です……だって足の指が折れたんです……(涙)」 「いいからやれ!! まずはパンチから。ワンツーを打ってスリーで右の蹴りを叩き込め!!」 「ワンツースリー!! バシーン! ワンツースリー!! ピシーン!」 「もっと思い切り!! 相手を倒す気迫を見せろ!!」 「ワンツースリー! ペシーン! 痛いっ(涙)!! スネが痛いっっ!! スネの骨が折れましたっっ(号泣)!!!!」 「すぐに痛い痛い言うなっ!!! なんというウィークつまり弱々しい奴だおまえ!!」 「だって骨が……もう足が痛くて痛くて……(号泣)」 「そんなことで音を上げていてはムエタイファイターになどなれないぞ」 「ムエタイファイターになりたいと僕がひとことでも言いましたか(涙)?」 「見てろ、こうやってやるんだ! ワンツースリー!! ズン!ボン!グアッシ〜〜〜ン!!!」 ぶら〜んぶら〜ん……(サンドバックが揺れる音) 「あわわ……(涙)。凶器だ。あんたは全身凶器だ。歩く凶器準備集合罪だっ!!」 「じゃあこの調子で、しばらく自分で続けるように」 先生はオレに自主トレを指示すると、そのまま他の練習生の所にコーチングに行ってしまった。ひとりでコツコツ頑張るか……。 ところでとりあえずトレーニングはさておき、別件でオレが今お手本のキックを見て気付いたことがある。というのも先生は、ムエタイパンツの下にもうひとつ下着を履いているのである。見回してみると、同じく蹴りを放っている周りの全員が、コスチュームの下から各自のパンツがかなりの頻度でちらチラッと見えているのだ。 …………。 このパンツって、全裸フルチンの上に直接履くものじゃなかったのか……。それならそうと言ってくれればよかったのに。先生はじめ他の面々が足を上げると下着が見えているということは、オレのパンツの隙間からは明らかにチンが姿を覗かせているということではないか。 も、もしかしてさっきのストレッチの時にみんながオレに視線を向けていたのは、膝上げや足上げをする度にチンがチラッと、チンチラチンチラと見えていたからではないだろうか。それを知らずにオレは、体の柔らかさをアピールしようと堂々と何度も繰り返して足上げチンチラを全員に見せつけてしまった……(号泣)。 呼べばいいさ。オレのことを、チンチラ男と呼びたければ呼べばいいさ(涙)!! でもおまえらにはこんな勇気ないだろうっっ!!! 見ろ、半日体験コースにもかかわらず惜しまずに全てを曝け出して練習するこの猛者の姿を!!! これが日本の武道精神だっっ!!! チンチラなにするものぞっ!!!! それからオレは、足を上げる動作は必ず人がいない方向に向けて行うようにした。ただ練習生の中には一人だけタイ人の女の子がいたので、彼女にだけは例外的に躊躇せず足上げを見せるようにした。 サンドバックの次は、鏡の前でしばらくコーチに教わったコンビネーションの練習だ。ムエタイの特徴は、連打の中に肘打ちや膝蹴りが入るところである。空手や拳法やボクシングとはその点が違う。オレは「シュッシュッ!」と音を出して息を吐きながら、膝蹴りの時には必ず女の子の方を向いて勢い良く蹴り上げ、チンチラを猛烈アピールした。 そしていよいよ、一人前のチンチラとして実力を認められたオレは、ナン先生にリングの上に呼ばれたのだ。元チャンピオンのミスターナン先生が持つミットと防具めがけて、パンチ&キックの打ち込みである。見せてやるぜ……。日本の武道精神そして大和魂を、タイの奴らに思う存分見せ付けてやるぜっ!! 覚悟しろオラっ!!! …………。 ……そして3分後。 1ラウンド終了と同時にオレは、あまりの疲れと苦しさで自らマットに深く沈んだ。 汗が全身から噴き出し、目眩がする。呼吸が苦しい。腕も足も動かない。体の部分部分がまるで自分のものだと思えないような重さだ。こんなはずではなかったのに……。 もはや昔のような動きが出来ないと悟ったオレは、ここで遂に引退を決意した。先生、今までお世話になりました。オレはここで、グローブを置きます。先生、自分で取れないので、ちょっと外して下さい。宿に帰ります。そしてマンガを読みます。 「よし作者! スタンドアップ!! 第2ラウンドだ!!!」 「もう、もう無理です(涙)!! 1Rでノックアウトされましたから、もう僕はリングを下ります(号泣)!!」 「はい早く起きて!! さあ来い!! ワンツー! 膝! ガードを下げるな!!!」 「ヘァッ……、ヘァッ……」 「ほらワンツー! 膝! それブロック!!」 バコーン スコーン 「いだいっ(涙)! あふあぅっ(涙)!!」 「ガードを上げろほら!!」 バコーン スコーン 「ああっ(涙)! あふあぅっ(号泣)!!」 オレは力を振り絞って、ナメクジも殺せぬような弱々しいコンビネーションを一生懸命ぶつけるのだが、攻撃が終わると今度は凄い速さでミスターナンがミットでオレの頭をぶん殴って来るのだ。ガードを上げろと言われても、何しろ腕に着けたグローブが鉄アレイに変身したのではないかと思うほど重く、全く腕を持ち上げることが出来ない。よってただの1日体験入学者、元々はごく普通のひ弱な観光客のオレが、元ムエタイチャンピオンの張り手をひたすらノーガードで頭に食らい続けることになった。 あひ〜ん(号泣)。あひ〜ん(号泣)。ああっ、グローブが重い〜〜。グローブといえば、女〜医女〜医、ジョイトゥーザグローブ、トライトラ〜イ、トライリアルラ〜ブ! 女〜医トゥーザラ〜ブ! 眠れ〜ない〜〜想いがつのる〜! 駆けめ〜ぐる〜〜(号泣)♪♪ 「ほらどうした!!」 バコーン スコーン 「あへあっ(涙)! あふあぅっ(号泣)!!」 「よし、第2ラウンド終了!」 「バターン」 オレは終了の合図とともに、またすぐに心臓停止寸前のノックアウト状態になった。ドクター! リングドクターを呼んでっっ!! もうダメ……本当に死んじゃう……。くそ、どういうことだよっ! こっちは金払ってる客だぞ!! 客の外国人を殴るとは一体何を考えてるんだ!!! タイってそんなに野蛮な国だったんだへえ〜そうだったんだ!!! ムエタイの戦士たちはもっとマナーを守る常識的な人だと思っていたのに!! がっかりだよこんな暴力的だったなんて!!! 「どうした。暑いか?」 に「あ、暑い……(涙)」 「水かけてやろうか?」 「かけて……水をかけて……」 「よし、ちょっと水持ってきてくれ! ほらいくぞ、冷たい冷たい氷水だ!! バッシャーン!!」 「きゃあああああああああああああああああっっっ(号泣)!!!!! づめだいっっ!!! づめづめだいいいいいっっっ(涙)!!!!!」 「どうだ、楽になったか?」 「心臓が完全に停止しました。ゴロンゴローン」 ジムの片隅には生徒の飲み水用に超巨大な氷を入れたポリバケツが備えられているのだが、その氷水をコップ1杯頭からかけられ(どうしてそんなものをかけるのですか?)、オレは叫びながら転がってそのまま無理やりリングから下りた。 パンツ1丁で何発も殴られて倒れた所に氷水をかけられて転がるって、オレは素性がバレた敵国のスパイか?? リングを下りたオレは練習生の間を逃げ回り、そしてようやく追跡を諦めたナンは今度は紅一点の彼女をリングに上げ、同じようにミット打ちを始めた。 オレはしばらく前かがみになって両手を膝につけた状態であえいでいたのだが、リング上を見ていると女の子は全くペースが衰えることなく、何ラウンドも連続でミット打ちを続けている。女の子ではなく化け物かあんたは……。 さて、その後何人かがリングに上がって先生やコーチとミット打ちやらスパーリングやらをし、それが終わると今度は最後の全体練習が始まった。オレもまたリングに引きずり上げられ、コーチの前で生徒が横1列に並んでワンツーパンチや膝蹴りを出しながらの往復移動である。 オレは他の人たちにならい「エイ! エイ!」と声を出しながら必死でパンチ、ニーを繰り出した。そして、コーチがオレを見ていないことがわかると体を休めて「エイ! エイ!」と声だけ出してごまかした。しばらくそれを続けていたら、コーチが見ていなくても逆方向でミスターナンが見ており、尻を蹴られた(号泣)。 ↓カオサンの狂気、刺青デニス ![]() そしてまたチンチラになりながらストレッチをして、やっと終わりだと思ったら今度は腹筋のトレーニング。ムエタイ留学に来ているらしい狂暴そうな白人の刺青デニスに捕まり、お互いの腹の上で交代に足踏みし、さらに交互にボディを殴り合うという初対面の外国人同士にあるまじきSM交流をする羽目になり、全てが終了した時オレはリングに転がる変死体と化していた。こ、このまま僕を死体博物館に寄贈して下さい……(涙)。 翌日……、オレの腹は平家の怨霊ではなくムエタイファイターたちに削られたことにより見事に腹なし芳一クラスへのスリム化がなされていたが、全身の筋肉痛によりベッドから起き上がれなかった。 パカーン ![]() |