〜バチが当たる3 そして……〜 ↓ハノイはバイクばかりでとにかく排気ガスが凄くて、マスクの女の子がかわいかったので撮った。モロに見られてるけど。 わたし重い肺炎で入院中。 点滴を刺しながらひと晩過ごし、翌日も朝から点滴&吸入機&飲み薬で抗生物質をどんどん投入する。あれも抗生、これも抗生だ。これだけ抗生責めにされたら、オレも更生して真人間になってしまうかもしれない。今はこんなにワルなのに。 症状は、なんとなく良くなっているような気はする。やはりインターナショナルSOSの皆様の愛のこもった看護が効果を発揮しているのだろう。そりゃあ、普段老人ばかり相手にしている若い看護婦さんたちだから、たまにこんな薄幸の美少年がコホコホと咳こみながらやって来たら、必要以上に愛をこめてしまうのもわかる。もちろん本来患者に対して個人的な感情を持つことは禁じられているだろうし、医療の名の下では全ての患者が平等だという建前もわかる。しかし、人間というのは建前や理性だけで生きて行けるものではないのだ。人間というのは、もっと弱いものなのだ。 その点はオレも同じ。良い治療を求めて医者や看護婦に心付けを渡すのはルール違反だとわかってはいるが、なにしろ自分の体がかかっている。ルールを守るために命を落としてはどうにもならない。実際に、看護婦の人たちも戸惑いながらも最後にはこっそりと受け取ってくれたんだ。この美少年からの愛を。ゴホゴホゴホゴホゴホオーッホオーッホオーッホッ!! ああ、苦しい……(微妙な雰囲気なので咳で誤魔化しました) 点滴の交換をした直後に休日当番の白人のダンディー長髪ドクターがやって来て、今朝撮った胸部エックス線の検査結果を説明してくれた。なんでも昨日と比べて、どうなっているか英語だからさっぱりわからん(涙)。なんとか理解しようと全力で真剣に集中して聞いていたら、頭痛と吐き気がひどくなった。ちょっとドクターっ、僕は病人なんですから放っておいて下さいよ(号泣)。そういう検査結果の説明とか頭を使わせる難しいことは、健康な人間相手にやって下さい。 しかし彼は相当なドS体質らしく、こんなに弱っている患者を虐待するがごとく「服を脱げ!」と命令し、逆らえないオレの、まだ男の体を知らない絹のような肌に冷たい聴診器を当てて責め始めた。そんな……ここは病院なのよっ!! 人の命を預かる医師ともあろう人が、弱い立場の患者を無理矢理脱がせてお医者さんごっこをするなんてっ!!! ひどい! ひどいわっ(涙)!! けだものっ! やめて〜〜っ(号泣)!!! 「ペラペラペラペラペラペーラペラペーラ」 「ノ、ノーーーッッ(涙)!! プリーズ、プリーズドントドゥーディス!! ヘルプ! エニバディーヘルプミーーッ(号泣)!!!」 「シャーラーーップ!!」 バチーーン! 「いやああああっ(号泣)!!」 「リッスン。どうやらまだユーの呼吸は、うまく出来ていない。空気がうまく肺からどこどこを通っていないんだ。だから、ともかくまだ帰らずにキュアを続けなければいけない」 「キュア(涙)?」 「キュアというのはつまり……、トリートメントだ」 「おお! トリートメント! ティモテ、ティモテ〜♪ マイルド、ティモテ〜〜♪」 「シャーラーーップ!!」 バチーーン! 「いやああああっ(号泣)!!」 「キュアとかトリートメントというのは、治療のことだ。とにかく抗生物質の投与を続けて今夜もここにステイだ!」 「今夜もここですか〜。ドクター、あなたも今夜は帰さないつもりですね〜(涙)」 とりあえずこんな会話が行われた(わけねーだろ)後、ドクターから今日も入院ということを知らされた。ベッドがない病室でストレッチャー(担架みたいなもん)に乗せられたまま入院というのは辛いが、しかしその点以外は完璧なので安心は安心だ。重い肺炎に苦しむ今のオレに本当に必要なのは、ベッドでもテレビでも冷蔵庫でもない。エロ可愛いナースだ。そして、できれば薬や医療設備だ。ちょっとだるいから寝よう……。 ひと眠りして咳き込みながら目を覚ますと、昼食のオーダーの時間になった。この病院の欠点は治療費がべらぼうに高いことと入院施設が無いことだが、その他は理想的な環境だ。外国人向けのセレブ御用達病院の食事といえば、そう、高級レストランからの出前である。 なんと、この病院では昼食も夕食もハノイの高級ホテルのレストランのメニューから、前菜やスープやメインディッシュやデザートまでそれぞれ好きなものをチョイス出来るのである!! こんなの、旅の間どころか生まれて初めてかも知れんっ!!! …………。 しかし。全然食欲がない。まだ熱があるし体はダルく肺は痛く、紛れもない入院患者だ。フルコースが来ても食えないな絶対……。いや、でもだからって頼まないわけにはいかん。別に規則の問題ではない。タダ(保険適用)なんだから目一杯注文しないともったいないじゃないかっっ!!! こんなチャンスオレの人生で最初で最後かもしれないんだぞっっ!!!! よし、とりあえずメインディッシュは胃に優しそうな魚料理にして……デザートはオレの好きなリンゴを使ったアップルタルトを…… そして30分後。 でで〜〜ん うわおっ(涙)。 ※起立して インターナショナルSOS(ハノイクリニック)…… バンザ〜〜イ(泣)! バンザ〜〜イ(泣)!! バンザ〜〜イ(号泣)!! さて、それでは感謝の万歳三唱も終わったところで早速……、つまもうか……前菜から始まって魅惑のフルコースを……、う、うう、だけど、食欲が〜〜〜〜っ(涙)。熱も咳も収まらないし、昨日もほとんど寝られなかったから気持ち悪くて全く食欲が無いんだ〜〜〜〜っっ(号泣)!! お願いです、神様、どうか僕に力を貸して下さい……この一瞬だけ、今この一瞬だけ僕にこの高級ホテルのレストランから配送されて来た食材をたいらげる食欲を〜〜っ(涙)!!! そんなタイミングで、昼食を観賞しながらとりあえずどうしたものかと休憩しているといきなりドアがガチャッと開き、招かれざる見舞い客がやって来た。H&野ぎくの日本人旅行者コンビだ。2人ともオレを病原体扱いするかのように巨大なマスクをかぶっている。 「作者くーん! 調子はどう?」 「体調はどうですか……熱は下がりましたか……(涙)」 「なんですか僕の150分の1の値段の安宿に宿泊している貧民のお2人。何か用ですか。特に用がないならお引き取り願えませんかね」 「ちょっと、はるばるキミのお見舞いのために歩いて来たのにそんな言い方はないんじゃないのっ」 「そうだよあんまりだよ……(涙)。お水だって買って来てあげたのに……(涙)」 「…………」 「そんな薄情な人間だとは思わなかったよねまったく。……あれっ? 作者くん今からゴハンだったの? なんだか豪勢なお食事じゃない??」 「豪勢だよね……(涙)。すごいメニューだよね……(涙)」 「じゃかましいテメエらっっ!!!! しらじらしいんだよっっ!!! 何が『アレ今からゴハンだったの?』だっっ!! 今何時だよっ? 11時45分だろうがっっっ!!!! 明らかに100%昼食を狙ってやって来てる時間帯じゃねえかコラっっ!!!」 「のっほっほ。ばれたぁ? なんかこういう病院は凄いごはんが出るって聞いてさ」 「うう……(涙)。作者さん病気だから全部は食べ切れないんじゃないかと思って……(涙)」 「だからオレのために用意された食事を食おうとしてるのかよ。バカも休み休み言えっ」 「ば……」 「か……(涙)」 「本当にバカを休み休み言ってどうするんだっっ!!! そういう意味じゃねえんだよっっ!!! ……ああそうだよ。たしかに、食欲は無いよ。でも、やるもんかっ!! オレが重篤な肺炎にまでなって手に入れた食事だぞっ!!! おまえら貧乏人は屋台でタライに入ってる羽虫の死骸満載の安い豚肉ぶっかけメシを食ってりゃいいんだよっ!! どうしても食いたいというなら、オレのそしゃく後に食えっ!!! 食欲が無かろうがまずオレが口に入れるっ!! そして吐き出したものを貴様らが食えっっ(涙)!!!」 「やっぱり食欲無いんだって。じゃあいただこう野ぎくちゃん。はいフォーク。私は自分のフォークを持って来たから」 「やったあ(涙)。いただきまーす(涙)」 この薄情もの〜〜〜っ(涙)。 もちろんオレも黙って引き下がるわけにはいかない、出来るだけ食べようと努力した。しかし、生ハムを1枚口に入れた時点で胃がムカムカするのである。体が油を受け付けない……(号泣)。 それでも、タダ飯を食らう極悪人のモンスター見舞い客どもから、アップルタルトだけは命をかけて死守した。デザートだけは、この美しいデザートだけは煩悩に汚れた餓鬼に食わすわけにはいかん……。 そしてフルコースをすっかりたいらげると、元ルームメイトの2人のマスク・ド・見舞い客は、たいして見舞いもせずに満足げに帰って行った。 おのれ……。 いいよ。まだ勝負はこれからだよ。こうなったら、夕食で挽回だっ!!! 肉だっ!! 肉を食ってやる!!! オレは夜に備えて脳内に牛肉のイメージを思い浮かべ、牛肉への欲求を少しづつ高めようと寝食を忘れ一意専心に努力したのだがやはり1日やそこらで体調は戻らず、肉を思うごとにただ気持ち悪くなるばかりであった(涙)。 しかし、それでもあきらめるわけにはいかないのだっ!!! 数々の治療を受け抗生物質を投入しながら時は経ち、混んでいたのかオーダーからやや時間が空いた午後8時!! だよ〜〜ん 高級国産厚切り牛フィレステーキマスタードソース添え(ソースはソースポットで提供)。間違いなく、この30年の間にオレの前に現れた中で最高級で且つ最高の厚さの肉。もっとも値が張る肉。 のあ〜〜〜〜〜っはっはっはっ!!!! オレはセレブリティーだっっ!!!! でも、やっぱりぜんっぜん食べたくない(号泣)。見てるだけで気持ち悪い……。おえ〜〜〜っ 「いただきま〜〜す!」 「いただきますー(涙)」 ↑再び見舞いにやって来て、午後5時50分から2時間以上もステーキのために待機していた奴ら きさまら〜〜〜〜〜っっ(号泣)!!!!! この病院には面会時間の制限はないのかっ!!! 普通夜になったら見舞い客は病院に入れないだろっ!!! いや、まだ見舞いならいいよ。こいつらは、ステーキを食いに来てるだけなんだぞっっ!!! 1円たりとも、1ドンたりとも払ってないんだぞこやつらはっっ!!!! バカヤローっ!! 感染しろっ!! オレの肺の細菌がんばれっ!!! あいつらも罹患だっっ!!! ゴホッゴホッ! ゴホゴホゴホゴホッッ(故意の咳)!!! 狂牛病アターック!!! 「ごちそうさま〜〜」 「ごちそうさまでした(涙)」 「…………。肉が……オレの肉が……(号泣)」 例によって2人は、食事を終えるとお土産のミネラルウォーターを「ほら、これをステーキのお礼にあげるよ」みたいな意味のわからない得意げな態度でテーブルに置いて、いかにも無上の幸せを体験したという恍惚の表情で帰って行った。……高級ステーキのお礼にミネラルウォーターって、どんな価格の水なんだよ。ナントカ還元水かよっ。くううううっ(涙)。またオレの夕食はチョコレートムースと水だけかよ……(やはりデザートは死守した)。 ……まあそうは言っても、メシこそ本当に食われたが実際彼女達には荷物を運んでもらったり買い物を頼んだりその他もろもろ、随分お世話になった。そういう良い裏話は面白くないので一切書かないが、2人の名誉のために、奪われたもの(ステーキなど)より助けられたことの方が遥かに多かったと言っておこう。 ということで、2人の大貧民は高級レストランの高級オレの金で食う料理を堪能し尽くすと、肺炎を患っている友人の回復は待たずにそれぞれ帰国に向けてハノイを離れて行った。バイバイ。永久にバイバイ。 さて。入院2日目ももう消灯だ。 ピーク時と比べると、体調もほどほどに良くなってきた気がする。昨日からほんの2日間の治療であるが、効果は出ているのではないか。と油断していたところ、消灯後の深夜3時ごろ突然ノンストップの咳の発作に襲われた。ほとんど息が出来ない。何分も止まらずに咳をし続けると、顔がどんどんむくれているような気がして来る。 夜勤当番のナースが気付いてドクターを呼んでくれ、ぬるっとした液体の薬を無理矢理飲まされるとやっと落ち着くことができた。ああ、ちくしょうっ(涙)。夕食のステーキを奪われずに自分で食べて栄養をつけていれば、こんなことにはならなかったのに……。不甲斐ない。入院患者の食料を略取するならず者をオレが勇気を出して止められなかったばっかりに、善良な一市民がこうして苦しめられているんだ。父よ、母よ、ああこの世は悪徒のためにあるものか!! そして翌日。 相変わらず朝からエックス線撮影、そして飲み薬に呼吸器、点滴によるハシゴ抗生物質だ。また、昨晩の発作のせいで体力が相当絞られており、朝食を摂る気にもならない。 しかし! 昼前にドクターが来て仰ることには、レントゲンの結果も徐々に良くなっているらしく、今日には退院し、明日からは静養しながら通院と飲み薬で抗生物質を投与すればよいということであった。やった……。 ということで。回復の兆候にやる気も現れ、病院での最後の昼メシは気合いを入れて根性で食べ切り(食欲はまだ無いが)、午後最初の点滴が終了すると、オレは退院した。おめでとう!! オレ、おめでとう(誰も祝ってくれる人がいないので自分で)!! 安静な生活のためにシングルルームを取り(でも安宿)、数日間は病院に通い薬を飲み携帯式の簡易吸入器で1日2回薬品の粉を吸い込み、本当はもう性格上外に出たくてウズウズしていたけど、お医者さんの言うことなので仕方なく逆らわずに毎日部屋でパソコンをしながら過ごした。慣れないことをするのは辛いなあ。 徐々に熱も出なくなったが食欲だけは一向に回復する気配を見せず、食べるのは果物だけ。体重を計ってみると、ベスト体重から8kgも減、60kgを切っていた。激ヤセのひょろひょろもいいところである。もし今タイ式マッサージを受けに行って、マッサージ師にタイ式特有のエビ反りの形に極められたら、そのまま体が真っ二つに折れるだろう。 ところが、ここでさらなる問題が発生した。あと2日でベトナムビザが切れる。エノモト先生〜〜っ 「今日のレントゲンの結果だけど、そうね、やっぱり日に日に肺の影は薄くなっているから、あと10日から2週間も休んでいれば完治するでしょう」 「そこでですが素敵なエノモト先生、実は僕、ビザの期限が明後日までなんです」 「なに〜〜〜〜〜〜〜っっ!!!!」 「だから明日にはハノイを出て、明後日にはベトナムを出ないといけないんです。安静にしながら旅をすれば大丈夫ですよね?」 「キミの行く先は安静な国じゃないからね……。でもしょうがないわね。じゃあ、こうしましょう。このレントゲンをあなたに持たせてあげるから、ベトナムを出て大きな街に着いたら、すぐに病院に行ってお医者さんの指示を仰ぎなさい。必ずよ」 「すいません名医のエノモト先生。大変お世話になりました。この病院に来なかったら本当にどうなっていたか……」 オレは丁重にいただいたレントゲン写真を紙袋に収め、散々面倒を見ていただいたインターナショナルSOSを辞すとその足でハノイの駅へ向かった。明日の電車のチケットを買うのだ。 この状態でハノイを出るのは不安があるが、なにしろオレはもうすぐ不法滞在者だ。病院も、不法滞在者を診るのには問題があるのではないか。しかしまさにあの病院のおかげでオレは旅に復帰できた。なにしろ自分ではただのカゼだと思っていたので、真剣に病院に行くかそれとも空気の綺麗な辺境の田舎に移動して療養するか悩んでいたのだ。あの時選択を誤っていたらと考えると非常に恐ろしい。 そして日は変わってあくる夜。ハノイ駅21時30分発の夜行電車に乗車。肺炎ですけど他の乗客の皆様すみません。なるべく息をしないんで許して下さい。※もう咳は止まっているのでうつることはないでしょう 翌朝6時に国境の町・ラオカイに到着。やはり夜行で寝られない体質の上に肺炎のため、ヘロヘロ。しばらくベンチで本を呼んで時間を潰す。旅のどこかで他の旅行者と交換した、夏目漱石の「こころ」だ。今も昔も、恋の前での友情のもろさ、そして裏切りと失恋によってもたらされる絶望の暴威というのは変わらないものなのだなあ。なんつってね〜〜っっ!!!! さあ行くぞ!!! バイクタクシーに荷物を運んでもらい、国境付近で降りる。バックパックを背負うと、いつもと同じ重さなのに自分の体が小さくなっているためヨロけて安定しない。しかしゆっくり焦らず着実に進むと、目の前にボーダーだ。 おおっ。あのゲートは……。 夢じゃないよな。 やっと来たんだよなここまで。 今日のおすすめ本は、ここまでの話+αを本で 東南アジアなんて二度と行くかボケッ! (幻冬舎文庫) |